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第四十一章【世祖 解説 〔両儀老人 漫語〕】

  第四十一章【世祖 解説 〔両儀老人 漫語〕】 この章では世の人が道を信ずることの困難さについて述べられている。そのために古人が道について教えたことが取り上げられているのである。優れた人は物事の微細な道理を知っている。そうであるから道を聞くことができたならば、すぐにその実践に努める。それほど優れた人物でなくとも、世に微細な道理のあることを少しは知っているので、道を聞いて半分くらいはそれを信ずることができる。そうであるから道を実践していることもあるが、そうでないこともある。物事をよく知ることのできない人物であれば、道を聞いても、ただ笑い飛ばすだけである。こうした最もレベルの低い人が、「道」について話すのを聞いて笑うようであれば、その「道」はレベルの高いものであることが分かろう。そうであるから物事をよく知らない人に「道」を語って、もし笑うことがないようであれば、これは正しい道ということはできない。古人は言っていないであろうか。「道を明らかにするとしてもそれは昧(くら)いように見える(が、道の照らしていないところはない)」と。これをして道の何たるかが分かるのではなかろうか。「道を進むのは退くように見えるものである(それは止まっているようであるが、その速いことこれより先に出るものはない)」であるとか「道を普遍化するとあらゆるものと同化する(同化するのは道理による。この世に道理によらないで存在しているものは無いのであるあから道と同化し得ないものはない)」とか「上徳は谷のようである(ので常に最も低いところに位置しているのであり、どれくらい徳を実践しても満ち溢れることはない)」とか「大いなる白は濁っているようである(大いなる白は常に濁っているのであり終に澄むことはない)」とか「(天下を覆い尽くす仁は存していないように見えるが)そのように広い徳は足らないように見える」のである。万物が生じるのに、そこには意図が働いていないように見える。「徳を建てるのは盗みを働くようである」とあるが、徳の真意を質そうとする者はそれを(相手に感謝されるなど)外にその証を求めようとはしないであろうか。外に徳の証を求めなければ、それは自分に求めることになる。そうであるから「反」とするのであり、それは反対になるということである(ただ自分が徳を実践するだけとなる)。渾然とした太空、その角に立つことはない。つま

第四十一章 【世祖 注釈】〔両儀老人訳〕

  第四十一章 【世祖 注釈】〔両儀老人訳〕 上士、道を聞けば、勤めてこれを行う。中士、道を聞けば、存するがごとく、亡きがごとくす。下士、道を聞けば、これを大いに笑う。笑わざれば、もって道と為すに足らず。 〔優れた人物が道を聞いたならば、なんとしてもこれを実践しようとする。普通の人が道を聞いたならばあまり熱心に実践しようとはしない。愚かな人が道を聞いたならば笑い飛ばしてしまう。そうであるから笑われないようなこと、つまり「常識」と反するところにこそ道あるのである〕 「勤めて行う」とは、道のことを聞けば必ず信じて実行するということである。「存するがごとく、亡きがごとく」とは、一方で信じてはいるが、一方で疑ってもいる状態である。 故に言を建てることこれ有り。 〔このように道を聞いて分かる人も居るので、道について語られて来た〕 「言を建てる」とは、古人が言っていることであり、以下の数句がそれとなる。 道を明らかにするは昧(くら)きがごとく、道を進めるは退くがごとく、道を夷(たいら)ぐるは類するがごとし。 〔道を明らかに説くとしてもそれは分かりやすくはならない。道を行うとしてもそれは行っていないように見える。道を普遍的に語ろうとしても、それは特殊であるように聞こえる。つまり先入観をもってしては道に近づくことはできないのである〕 「類」とは、同じであること。光を和して塵と同じくすることである。 上徳は谷(きわ)まれるごとく、大いなる白は辱たるがごとし。 〔本当の徳(上徳)はどうにも実践されていないもののようであり、本当の白さは汚れたように見えるものである〕 「辱」とは、汚れているということである。 広徳は足らざるがごとく、建徳は偸むがごとし。 〔本当に広い徳はごく狭くしか行われいないようであり、本当に徳を行おうとするとそれは徳を施しているのではなく、何かを奪っているかのように見えるものである〕 「偸」とは、一時的であるということである。 真を質すは淪(しず)みたるがごとし。 〔真実を求めると真実は見えなくなってしまうように見える〕 「淪」とは、変わるということである(注 この解釈であれば「真実」はその時々で違っている。一個のものを真実とすることはできないということになる。どのような時でも神が価値あるものとするような考え方は間違いであるということになる)。 大いなる方(かど)に隅

道徳武芸研究 御信用の手は合気上げである〜矛盾概念としての「合気」から〜(4)

  道徳武芸研究 御信用の手は合気上げである〜矛盾概念としての「合気」から〜(4) 実は「合気」の矛盾は既に大東流のシステムそのものに存していた。それは柔術と合気柔術の区分である。かつて武田惣角は「柔術は教えるが、合気は教えない」と言っていたこともあったとされる。「合気」とは崩しの技法であり、これを知ることで技を掛けやすくなるのであるが、そうかといって柔術と合気柔術に分けるほどの体系上の区別はない。技を掛ける時の秘訣としては当身などが一般的である。当身を使えば相手の意識を撹乱することができるので技を掛けることが容易になる。これと同様な位置に合気はあるわけでこれはいうならば「取り口」の秘訣であって、柔術技法に合気を加えれば柔術技法が掛けやすくなるに過ぎないのであって、必ずしも合気のない柔術と、合気の入った柔術の「柔術」技法における大きなシステム上の違いがあるわけではない。通常の柔術であれば初伝と中伝あるいは秘伝で「合気」が教えられるということになるわけで、これを柔術と合気柔術として分ける必然性は見出すことが困難である。こうした区分が発生しているのは柔術と合気柔術とがひとつの体系に入れることが困難であると認識される程の違い、つまり矛盾があるからということである。

第四十章【世祖 解説 〔両儀老人 漫語〕】

  第四十章【世祖 解説 〔両儀老人 漫語〕】 前の章では「かえって好ましくないと思われることを本にすることで、物事の本質を知ることができる(賊を本と為す)」を重視していた。高いのはその下に低いところがあるのが基となって存することができている。同様なこととして動静、強弱も挙げられている。こうしたことから有無の始めを考えることもできると言えよう(有は反対の無こそが本になっている)。本来の人の心のあり方である「性」の回復は(人の心が動いて止まないものであるから、その反対の)静をもってすることで可能となる。こうした考え方が体得されれば天下のあらゆることの裏表に透徹した知を得ることができるようになる。それは(本質としての無から)動が生ずるということにもなる。道は形も無ければ、音も無い。天下の至弱であるが、天地にわたって隈なく働いている。このような「強」さを持っているのであるから、それにあえて強さを加える必要はない。そのため「反する者、道これを動かす」とあるのである(一見して万物を動かすのは「動」によると思われているが、本当は「静」によっている)。弱は道の用であり、天地に存しており、それから万物が生じている。そうであるから「物は有に生まれる」とされている。つまり天地の始めは、太虚に生じるのであり、これが「有は無に生じる」ということである。有無が共に生まれ、これらはひとつになって道へと帰する。つまり第一章にあった「無名(は天地の始め)」「有名(は万物の母)」の説がこれである。 〔強さの中には弱さが含まれている。有の中には無が含まれている。また弱さの中にも強さがある。無の中にも有が存している。こうした交換は見方を変えれば容易に行い得る〕

第四十章 【世祖 注釈】〔両儀老人訳〕

  第四十章 【世祖 注釈】〔両儀老人訳〕 反する者、道これを動かす。 〔あらゆるものには反対の側面が含まれている。それは反対であることこそが物事を成立させているというのが道理なのであり、つまりこれが道なのである〕 「反」とは反復するということである。動であってもまた静なる状態へと復することになる。 弱き者、道これを用いる。天下の物、有に生ず。有は無に生まる。 〔通常は強いものの方が使えると思われるが、道を体得している者は、誰も見向きもしない弱い方にも使える場面のあることを知っている。あらゆる存在は物質存在の連鎖の中にのみ存していると思われているが、それは幻想であるに過ぎない。我々は何時でも物的な存在の連鎖から離脱して「無」に移行することができるのである〕

徳武芸研究 御信用の手は合気上げである〜矛盾概念としての「合気」から〜(3)

  徳武芸研究 御信用の手は合気上げである〜矛盾概念としての「合気」から〜(3) 「合気」とはいうものの相手の動きに反するような力を使うことは合気とは言えないのではないか、という合気道の矛盾は、本来の柔術にも存していた。嘉納治五郎が合気道の研究のために望月稔などを派遣したのは、「柔道というが相手を崩したりする時に強引に引き込むようなことも行う」ことに矛盾を感じていたからとされ、それを解決する方途として合気道が参考になるのではないかと考えたらしいのである。柔道も大東流も「やわら=合気」の展開において剛的なものが含まれることなく武技としての展開は不可能であったのである。また太極拳では「打手歌」で「合えば即ち出る」としている。これも「合」が合気であり、その後に反合気的な「出」がなければならないと教えているわけである。そうであるなら太極拳においても矛盾が生じているのか、というとそうではない。太極拳ではこれを陰陽の転換とする。「陰=合」で「陽=出」として陰陽が転換するとしている。これがつまりは太極ということになるのである。合気の矛盾は太極拳でいうなら「陰」だけですべての動きを説しようとするところにあることが分かる。

道徳武芸研究 御信用の手は合気上げである〜矛盾概念としての「合気」から〜(2)

  道徳武芸研究 御信用の手は合気上げである〜矛盾概念としての「合気」から〜(2) 合気道の「合気」に含まれる矛盾については先に述べたが、それは植芝盛平の黄金体化の神秘体験によって「解消」を得ることとなった。そうであるからもし「合気」の矛盾を解消しようとするのであれば、個々の修行者が等しく盛平と同じ神秘体験を経る必要があることになる。二代目を継いだ吉祥丸はこうした矛盾を生じさせないために、「合気」の理と技法との関係についてはあまり触れないようにして、それはあくまで開祖の個人的な信仰によるものと位置付け、合気道を生み出す過程で一定の影響を有したが、合気道として完成した技法においては必要のないものとした。そうであるから合気道を生み出す過程ではそういった「信仰」が関係する部分もあったが、完成された合気道はあくまで合気道で完結しているので、技法は技法として学び、理念は心得として知っておけば良いというくらいの扱いにしたのである。つまり合気道は「完成」されているのであるから、「なぜ合気を使った技がないのか」といった疑問は抱く必要がないこととなってしまったのである。

第三十九章【世祖 解説 〔両儀老人 漫語〕】

  第三十九章【世祖 解説 〔両儀老人 漫語〕】 この章は得道の妙について述べている。道は「一」であるだけである。天は道と一体であるので清明である。地も道と一体であるので安静なのである。神は道と一体であるのでその働きを知ることができない。谷も道と一体であるので何でも受け入れることができる。万物も道と一体であるので、よく生育する。侯王は道と一体であれば、よく世を正しく治めることができる。その致すところ(行うところ)を極めれば、すべては道から発していることが分かろう。もし、道と一体となっていなければ、いろいろな不測の変化が生じて、ついには破滅に至ることになる。神が消えてしまえば、谷も消えてしまうことになる。万物も枯れ果ててしまう。侯王もその高い地位に留まっていることはできない。つまり侯王は常に高貴な身分であろうとするが、これも道と一体となっていなければそうあることはできない。それでは道とはどこにあるのであろうか。それを視ようとしても見ることはできず、これを捕捉しようとしても捕捉することはできない。つまり道とは天下において最も微かなものであるからである。ただそうではあっても、それが現れることはある。こうした道の貴さを「賊こそが道の本である(賊をもって本となす)」としている。高さは低さが本となってこそ存することができる。ここに侯王を当てはめるとすると、多くの人に取り囲まれている侯王こそが「孤独(孤寡)」であるということになる。「質素である(不穀)」というのもそれが本である「賊」にあるのではなく、実際は「賊」の反対の「貴」にあることになる。侯王の本当の姿は「孤寡」や「不穀」とは反対なのである。これはつまりは、車を数えようとするのと同じで、車が車であるのは、それぞれの部品によっているのであり、車を数えようとするのであれば、それぞれの部品を数えることになるが、個々の部品は車そのものではない。道は名付けることができない。それは構成する個々の部品をして車であると言えないのと同じである。そうであるからどうしても「コロコロとした玉のよう(碌碌たる玉の如く)」であったり、「ゴロゴロとした石のよう(落落たる石の如く)」であるところに真実を見ることはできないのである。重要なことは反対に真実が有るということであって、ただ「賊」や、あるいは「石」を貴いとするわけではないのである。 〔これまで道と一

第三十九章 【世祖 注釈】〔両儀老人訳〕

  第三十九章 【世祖 注釈】〔両儀老人訳〕 昔はこれ一を得たる。 〔昔の文明が発達していない頃の人たちは「一」つまり「道」を得ていた〕 「一」とは道のことである。 天は一を得てもって清く、地は一を得てもって寧(やす)んじられ、神は一を得てもって霊たり、谷は一を得てもって盈(み)ち、万物は一を得てもって生じ、侯王は一を得てもって天下貞(ただし)く為り、それこれ致すは一なり。  〔天は「一」を得ているから清いのであり、地も「一」を得ているから安寧を得ているのであり、神も「一」を得ているから霊妙なのである。谷も「一」を得ているからいろいろな動植物が集まって来る。万物は「一」を得ているから生まれてくることができている。侯王が「一」を得ることができていれば世の中はあるべき姿となる。こうした本来あるべき状態にあることを「一」を得ているというのである〕 「致」とは極めるということである。極まるとは同じものがない状態に「致」るのことである。 天もって清かること無かれば、まさに裂くるを恐るべし。 〔天が「一」を得ていなくて清らかでないならば、それは崩壊を恐れなければならない〕 崩壊してしまうのである。 地もって寧(やす)らか無ければ、まさに発(うご)くを恐るべし。 〔地が「一」を得ていなくて安寧でなければ、安定することがない、地震による崩壊を恐れなければならない〕 動いて定まることがないのである。 神もって霊なること無ければ、まさに歇(つ)くるを恐るべし。 〔神が「一」を得ておらず霊妙でないのであれば、神の存在を人々は認めることがないのを恐れなければならない〕 消えてしまうのである。 谷もって盈ること無ければ、まさに竭(つ)きるを恐るべし。 〔谷が「一」を得ておらず生き物が集まって来ないのであれば、そうした谷は枯渇してしまうことを恐れなければならない〕 尽きてしまうのである。 万物もって生ずること無ければ、まさに滅するを恐るべし。 〔万物が「一」を得ていなければ生ずる働きが生まれないので、まさに滅んでしまうことを恐れなければならない〕 消えてしまうのである。 侯二もって貞(ただし)きこと無く、しかして「貴高」なること無ければまさにたおるるを恐るべし。 〔侯王は「一」を得ることなく相対関係にある「二」の状態にあっては正しい統治がなされることはない。そうであるからその貴さや高い地位を得

道徳武芸研究 御信用の手は合気上げである〜矛盾概念としての「合気」から〜(1)

  道徳武芸研究 御信用の手は合気上げである〜矛盾概念としての「合気」から〜(1) 先に「合気」という語が柔術体系にあって矛盾する概念であることについて触れたが、ここではそれに関して大東流の伝書にはしばしば記されているものの実態が不明とされる「御信用の手」が実は「合気上げ」のことではなかったかという観点から改めて「合気」の矛盾を論じてみようと考えている。「御信用の手」は「護身用の手」ではないかと解されることもある。これは一般的には「武術の技法を応用して相手の攻撃から自分を守る簡単な技術」というように理解されているが、大東流での「護身」は密教の護身法と関係のあることを新陰流との関係(武田惣角が植芝盛平に渡した伝書の中には新陰流のものが含まれていた)から著書にて論じたことがあるが、大東流の護身術としては余りに煩雑極まる技法群が「御信用の手」であると伝書にあることからしても、それが単なる護身術ではなく、霊的な意味をも含んだ密教的な護身法に近いものと予測されるのである。ここで「霊的」というのは正しくは感覚的といった方が良かろう。ただ相手を力任せに制圧するのではなく相手の心身の動きを鋭敏に感じ取って対処しようとするのが「合気」であることからも密教的な側面を「御信用の手」から看取することはあながち間違いではないと考えたのであった。大東流の合気上げは合気道でもほぼそのままが「呼吸(力養成)法」として伝えられている。このような最重要な技についての記載が伝書に全く無いとすると、それは実に奇異なこととしなければなるまい。

第三十八章【世祖 解説 〔両儀老人 漫語〕】

  第三十八章【世祖 解説 〔両儀老人 漫語〕】 老子はこの章を「上徳」から始めているが、徳だけを言って道に触れていないわけではない。あらゆるところに存しているのが道である。それを実践することで自ずから得られるのが徳となる。「上徳」とは、道を得て現れる。「下徳」は道が失われて現れる徳である。「上徳」はそれを考えることもなく、強いて行おうとすることもなくして、道によって自ずから得られるものである。そうであるから「有徳」としている。「下徳」は強いて行おうとしなければならない。そうすることで見かけの上では徳は失われることがなくなる。ただこうしたところにどのような徳があると言えるであろうか。そうであるからこれを「無徳」としているのである。「上徳」では道が失われてはいない。道は常に無為であり、無為の心にある。「下徳」においては徳が失われることがないように見える。この場合の「徳」とはつまりは有為にして行われるものであり、ここでの「徳」とは強いて行われた有為の結果なのである。これが仁や義というところに至れば、あらゆることがこれを為すということから免れることができない。ただ違っているのは、仁は無為をして「勝(あ)」げて(尽く)これを為すが、義は有為をして成果である「功」を為すのである。もし「礼」を仁義をして行えば「礼」の本質をよく知ることができるであろう。それは「礼」を行っても、そこに結果を求めること無く、手を払われて(攘臂)相手にされないことになる。しかし「礼」を強いて、さらにさらに強いて行くと、どんどん道からは日々遠ざかることになる。そのため道から五つを降りて「礼」へと至ることになる。「礼」をして「忠信」を行ったならば、世の乱れを止めることができる。しかし「忠信」を強いても、人々はそれに応じることがなく、つまりは刑罰や戦争などいろいろな世を乱すようなことが生じることになる。そうであるから「礼」は「忠信」が薄れたところには存しないのである。つまり乱の始まりは、(有為である)智をして愚を導くところにある。智が多ければ迷いが生まれる。これが乱れの本になる。こうしたところには何ら取るべきものはなく、これは単なる道の「華」に過ぎないのである。ここから「愚」が始まる。このため優れた人物(大丈夫)は道の「厚」いところに居て、道の「薄」いところには居ない。道の「実」なるに居て、道の「華」には居

第三十八章 【世祖 注釈】〔両儀老人訳〕

  第三十八章 【世祖 注釈】〔両儀老人訳〕 上徳は不徳たり。これをもって有徳とす。下徳は徳を失わず。これをもって無徳とす。 〔本当の徳(上徳)はそれが徳であるようには見えないものである。偽りの徳(下徳)はあたかも徳そのものであるように見えるが、そこに本当の徳はない〕 「不徳」とは、徳であることも、徳でないことも共に忘れてひとつになっている状態である。「不徳は徳を失わず」とは、徳を実践しているが、いまだ徳に囚われている状態にある。 上徳は無為にして為さざる無し。下徳はこれを為して、もって為す有り。 〔本当の徳の実践はすべからく無為にして行われる。偽りの徳は、それを実践しようとしてあえて行われるものである〕 「もって」とは、意図的で有るということ。「もって為す無し」とは、無心で行うということである。「もって為す有り」とは意図をもって行うということである。 上仁はこれを為すにもって為す無し。上義はこれを為すにもって為す有り。上礼はこれを為すにこれに応じることなし。すなわち臂を攘(お)してこれにしたがう。 〔本当の仁(上仁)はこれを実践しようとして行われるのではない。しかし、常に相手が関係して来る義(上義)は、本当の義であってもそれは行おうとして実践される。本当の礼(上礼)はこれを実践しても、それに応じて丁寧な対応をされることはない。しかし偽りの礼であれば恭しい態度で対応されることになる〕 「これに応じることなし」とは、人に礼を強制をしても従うことはないということである。「したがう」とは、引くということである。「臂を攘(はら)う」とは、引き付けるということで、強引に引くという意味である。 (本文の読み下しの最後の部分は世祖の注によっていない。) 故に道を失いて後に徳たり。徳を失いて後に仁たり。仁を失いて後に義たり。義を失いて後に礼たり。それ礼は忠信の薄くして、乱の首なり。前に識るは道の華にして愚の始めなり。 〔そうであるから道が失われて、殊更に徳が唱えられるようになる。徳が失われてその後に殊更に義が唱えられるようになる。義が失われて殊更に礼が唱えられるようになる。そうであるから礼においては忠や信が深くは存していないのであり、礼が言われるようになると世の中が乱れ初めた証拠となる。世の中で目立つようになるのは本当の道ではなく、偽りの道である、そこから愚行が始まることになる〕

道徳武芸研究 純化した「合気」としての呼吸力(6)

  道徳武芸研究 純化した「合気」としての呼吸力(6) 合気道では大東流の「合気」に含まれる相手に力を押し込む動きを反合気的なものとしてできるだけ排して行った。そうであるから立技でも、相手にしっかり掴ませるより前に動き出して、完全に掴まれる前に技を掛ける。大東流のように相手の力の使い方を感知して、それから力を押し込む方法はある程度その術理を知っている相手であれば手を離されてしまう危険がある。どうして大東流ではそのような構成の「合気」が考案されたのか。それは相手が絶対に手を離すことのできない状態にあったからである。つまり刀を持っている手を抑えられたという状態が考えられているのであり、刀を持っているこちらの手を相手が離すことは自らを絶対的な不利に導くことになる。これが近代以降の柔術のみが想定されるような場面となると使えないので、合気道のような合気が模索されることのなったのであろう。しかし、一方で植芝盛平は完全に大東劉の「技」を棄てることはできなかった。ここに合気道の抱える「矛盾」が生じることになった。晩年の盛平は合気道の技は「気形」であるとして、攻防の意味を希薄化し、大東流の技からの脱却を目指したのであるが、結局はそれが実現することはなかった、もし、それを実現していたら合気道は分かりにくいものとなって植芝盛平一代で終わったかもしれない。こうしたところが武術の難しさである。

道徳武芸研究 純化した「合気」としての呼吸力(5)

  道徳武芸研究 純化した「合気」としての呼吸力(5) こうした大東流から合気道への「合気」の変遷を見る上で重要な技に「合気上げ」と「呼吸(力養成)法」があることは既に触れたが、大東流が膝の上に置いた手を掴むことが多いのに対して合気道では胸のあたりにで掴んでいる。これは固定した状態で強く掴ませないためで、それによって相手へ押し込む力が強くならないようにしている。合気道ではなるべく「合気」に反するような動きを除こうとしているのである。立ち技などにおいても完全に相手に掴ませないでその動きを誘導したまま体勢を崩させてしまうことを意図する。こうした練習は一見して大東流に対して実用的でないように思われるかもしれないが、実戦において最も重要なのはタイミング(呼吸)である。つまり合気道では大東流の「合気」をタイミングとして捉え直そうとしたわけである。それを敷衍すると宇宙と一体となるというような言い方となる。相手のリズムと同化しつつそれを導く、つまり攻撃をするという乱れたリズムではなく、宇宙そのままのリズムへと相手を同化せしめる。つまり合気とは相手の「気に合わせる」のではなく、相手をして宇宙の「気に合わせる」ことを促すものと認識されるようになったわけである(こうしたタイミングを重視する傾向は古くは「拍子」とされて「一拍子」であるとか「無拍子」としてさかんに研究された)。

解題(下)

  解題(下) 中国では注釈がひじょうに重視されていて、『易経』などでも学術的な解説よりもむしろ政治家や経済人、芸術家などの独特な解釈が注目されるようである。ある時、台湾の公園で中年くらいのあまり風采の上がらない男がパンを持って腰掛けて、パンをかじり始めた。そしてパンツの後ろポケットから文庫本の『易経』を取り出して、読んでいる。その本はまさにボロボロといえるようなもので孔子の「韋編三絶」(孔子は何回も『易経』が三度もバラバラになってしまう程、読み込んだとされる)はかくなるものか、と思ったものである。台湾では他にももう一人こうして『易経』を読んでいる人と出会った。おそらく「易」で表される陰陽転換の考え方は中国社会の根底にあるものなのであろう。日本では聖書をこのように何代目として読む人を知っている。これと同様なものとならないかと思ったのか大倉山精神文化研究所では『神典』として『古事記』や『万葉集』『風土記』など古典を集めた聖書風の本を出したが、『聖書』のように読み込む人は居ないようである。日本には「易」や『聖書』に相当するような精神文化の基盤をなす本が編まれなかったということかもしれない。

解題(上)

  解題(上) 『老子』を二冊に区切る場合には第三十七章をもって「上」とし、三十八章から八十一章までを「下」とする。また『老子』は『道徳経』と称されることもあるが、この時には「道経」と「徳経」に分ける。それは第一章が「道」という語で始まり、第三十八章が「徳」から始まるためで、「上」が特に道についてのべていて、「下」が徳について殊更に触れているということではない。今回、注釈として紹介しているのは清朝の皇帝である世祖・順治帝で、この皇帝の時に実質的に中国を支配することとなる。こうした皇帝による注釈は「御注」と称されその時代の『老子』の読み方を伺うことができる。『老子』思想的には儒家、道家、仏家、道教(民間信仰)、煉丹(瞑想から健康法まで)、呪術などの傾向による注釈がある。また文献学的なものも多く残されている。世祖の注釈は十九歳の時に書かれたもので、若書きともいえるが、自分の考えをあまり加えることなく当時の「常識」によっているのでその点ではかえって興味深いものがあるといえる。内容としては現代の文庫本などで紹介されているものに近いオーソドックスな解釈といえよう。

道徳武芸研究 純化した「合気」としての呼吸力(4)

  道徳武芸研究 純化した「合気」としての呼吸力(4) 大東流の「合気」のように相手に取られた手を押し込む方法は、必ずしも「気を合わせる」と言えないのではないか、とする批判は大東流からすればその前の相手の力のあり方を感じるところが「合気」なのであって、その後に腕を押し込むのは「合気」に付属する技法であるということになろう。この方法による「合気」では腕だけではなく肩や足などでも相手の力のあり方を察知して力を押し入れることによって「合気」を使うことが可能となる。一方、合気道ではこの大東流の手法が取り入れられることがなかったのであり、そうした部分が植芝盛平が大東流から離れる原因のひとつであったとも考えられる。合気に関しては盛平が大本教に居た時に「合気之術」の教えを受けたこともあって、出口王仁三郎が合気を流派名に加えることを勧めて、それが盛平を通して惣角に進言されて合気柔術となったとする説もあったが、当時の師弟関係からして全く考えられないこともあり、賛同する人は少なかったように思われる。ただ盛平が大本教に居る頃に大東流の「合気」に疑問を抱くようになったことは確かなように思われる。そしてその矛盾を解決したのが黄金体化の神秘体験であったのではなかったのであろうか。「大東流では合気を言うが、相手に反対に力を押し込むような動きをしている。はたしてこれも合気とすることができるのか」ということである。しかし、一方で大東流の技を完全に棄てることも躊躇されたのであろう。このため大東流というシステムを否定するのか肯定するのかといった「矛盾」が生じることになるわけであるが、それが「我即宇宙」「万有愛護」を感得することで解消できたのであった。つまり、この神秘体験を通して結局は、合気は理念となり、技法としては呼吸力へと分化をすることになるわけである。

第三十七章【世祖 解説 〔両儀老人 漫語〕】

  第三十七章【世祖 解説 〔両儀老人 漫語〕】 この章では道は「無為」が「体」で、「為さざるし」が「用」であることが述べられている。そして、これらはひとつに統合され共に忘れられることになる。「無為にして為さざる無し」の意味は、何かを行おうと意図すること無くして行うということである。侯王がもしこの無為の道を守ったならば、万物が化することになる。万物が自ずから化するのである。万物の化ということを考えるにそれは「無為」ということになる。「無為」から次第に有為である「作」へと至るのであるが、そうなれば多くの混乱が生じる。聖人はこれを知っているので、何かを「作」る時に「無名の樸」をしてそれを鎮めるのである。では、この樸を用いる時の心とはどのようなものであろうか。それは樸をして樸ではないとすることである。つまり生まれたままの樸であるが、そうあろうと欲することもないということである。つまりは静の至りということである。天下が静でなければ、すべからく人は「欲」を起こすことになる。一方で「欲」が無ければ静となる。自然は無為であり、そうなれば天下は「正」しきに帰することになる。 〔自然のままで良いのであるが、人は温室栽培をしたりして意図的に自然を操ろうとする。それは今では遺伝子操作にまで至っている。こうしたことはいずれは破綻すると老子は継承を鳴らしている。そうしたことをさせないためには人が自然ではない状態のものを欲しないようにすれば良いのである。遺伝子操作をしたようなものを買わなければ作る人も居なくなる〕

第三十七章 【世祖 注釈】〔両儀老人訳〕

  第三十七章 【世祖 注釈】〔両儀老人訳〕 道は常に無為たり。しかして為さざるは無し。侯王もしよく守れば、万物まさに自ずから化す。化して作らんと欲す。吾まさにこれを鎮めるに無名の樸をもってす。 〔道は常に無為であるが、あらゆることを過不足無く行っている。指導者がもし道を守ったならば、あらゆる物は自然とあるべきものとなる。あるべきものをあえて作ろうとすることもあるが、自分はそうしたことの無いように「あるがまま」を重視している〕 「作」とは、動くということである。「鎮」とは、抑えつけて動けなくすることである。 無名の樸は、またまさに欲せざる。欲せざればもって静まり、天下まさに自ずから正しくす。 〔「あるがまま」とは、つまりは意図を持たないということである。意図を持つことが無ければ欲望は静まってしまうし、世の中もそうした人が増えればあるべき道と一体である状態へとなって行くことであろう〕

道徳武芸研究 純化した「合気」としての呼吸力(3)

  道徳武芸研究 純化した「合気」としての呼吸力(3) (3)投げは、技への展開である。大東流には「剣術に付属する柔術」と「合気上げの変化」の二つが基本としてあり、それに「柔術的な展開」が武田惣角によって加えられたようである。そのため純粋に徒手の技としては使えないものも少なくない。入身投げは、立ち技としては使えない。相手が後ろに下がると技が掛からないからである。これは座り技で相手の動きが制限された状態でなければならない。同様に四方投げも、こちらの転身に合わせて転身をされると技が掛からない。これは転身の途中で刀により相手の足を斬って動きを止めている状態が前提とされなければならない。富木流などでは古流柔術の技を取り入れる動きもあったが、完全には大東流の技から脱することはできなかった。植芝盛平も大東流の技からの離脱を考えていたが、晩年の関心が宗教的な部分に向いたために技としての展開を深く考えるまでには至らなかったようである。おおまかに言うなら座り技は「合気上げの変化」であり、転身を伴う技は「剣術に付属する柔術」といえるのかもしれない。晩年の植芝盛平が座り技を極度に重視して立技をしている門弟を見ると不機嫌になったとされるのも、「合気」につらなる何らかのものを感じていたからかもしれない。まさに合気道はそこから再編成されなければならなかったのである。

道徳武芸研究 純化した「合気」としての呼吸力(2)

  道徳武芸研究 純化した「合気」としての呼吸力(2) 大東流の「合気」を神秘的な技とする人も居るが、それはまったく当たっていない。「合気」の基本原理は柔道などの投技と何ら違った理論の上に成立しているものではないのである。それは(1)条件付け、(2)崩し、(3)投げで構成されている。具体的には、 (1)条件付けは、相手を引いて状態を固定化する。柔道などでは相手を引き付けるが、「合気」においては親指を自分の方に向けることで相手を引き付ける。これにより状態が固定される。状態を固定するためには固く掴まれている必要がある。肩に手を置いているだけでも「合気」を掛けることはできるとされるが、そうした固定化が弱い状態では「合気」は効きにくい。演武では固定化が弱い状態にもかかわらず攻撃する方が、固定化した状態を解くことがないので、固く握ったのと同様に「合気」が掛かることになる。こうしたことは練習としては成立し得るが、演武で行った時には実戦性において疑問が持たれることもある。 (2)崩しでは、今度は引くのではなく押す。「合気」では小指からの力によって相手の中心軸に力を及ぼす。柔道では足を掛けるなどした上で相手を押すことで崩しを行う。合気上げでは(1)と(2)が同時に行われる。この時に相手は反り返るようになるのが大東流の特徴であるが、この時の力を押し込むことがはたして合気といえるのか、という問題がここにはある。合気道では合気上げを「呼吸(力養成)法」として、大東流の「合気」は真の合気ではなく呼吸力であるとしたのであった。

第三十六章【世祖 解説 〔両儀老人 漫語〕】

  第三十六章【世祖 解説 〔両儀老人 漫語〕】 この章では栄枯盛衰の理について述べられている。これにより聖人がどのように心を制しているか、その妙を知ることができる。言わんとしているところは、まさにその通りであろう。「必ず(何かを)固くする」とあるのが、まさにそういうことである。そこに「張」が存しているのは、既に「ちじめ」ることのあるのを知っているからである。それが「強」いとされるのは、「弱」いことを既に知っているからである。それが「興」るのは、既にその「廃」れることを知っているからである。それを「与」えることができるのは、既にそこに「奪」うことが知られているからである。日が上れば下ることになる。月が満ちれば欠けることになる。これらには必然の理である。その変化はごく微かなものではあるが、変化は確実に起こってる。このことは極めて明らかである。そうであるから結果として形の変化を見ることができるわけである。また剛強はよく柔弱を制するが、理屈をいえば柔弱が剛強に勝ることも成り立たないわけではない。つまり人は柔弱から離れることができないのであり、それは魚が淵から脱することができないのに似ている。魚は水の奥深くに居る。これと同じく人は柔弱を得てこそ、生きていくことができる(若芽は柔らかく弱い。老子はこれを成長の根源と考えた。人も子供のころは柔らかく弱いものである)。魚が淵から躍り出たなら、それは不幸なことになろう。聖人は一歩引いた所に居て、謙(へりくだ)っているが、よく天地を自らに帰させて動かすことができる。これは道と一体となった存在(利器)であるようにも見えよう。剛強の盛んである時、それは(柔弱つまり成長の反対の死滅を意味するのであるからそこには)兵乱が興ることになる。そうであるから道と一体となった存在である「利器」をして一個の形としては隠されて見ることができなくても確実に存在をしている「聖人の道」を譬えているのである。 〔物事の本質を「微明」「利器」として明確に見ることはできなくても、その存在を予測できるもののあることを知らなければならないと教えている〕

第三十六章 【世祖 注釈】〔両儀老人訳〕

  第三十六章 【世祖 注釈】〔両儀老人訳〕 まさにこれをおさめんと欲すれば、必ずこれを固く張れ。 〔なにかが縮められていると認めようとするのであれば、まずは伸ばさなけれているものがなければならない〕 「おさめ」とは、収斂させるということである。「張」とは、開き広げるということである。 まさにこれを弱めんと欲すれば、必ずこれを固く強くせん。まさにこれを廃せんと欲すれば、必ずこれを固く興せよ。まさにこれを奪わんと欲すれば、必ずこれを固く与えよ。これを微明と謂う。 〔なにかを弱いと認めようとするのであれば、先に強いもののあることを認めなければならない。なにかを廃したと認めようとするのであれば、まずは興されたものがなければならない。なにかを奪われたと認めようとするのであれば、まずは与えられたということがなければならない。こうした考え方は「隠されたものを明らかに知る(微明)」ことであるということができよう〕 「微明」とは、一見してはよく分からないが、実は明らかであることをいう。 柔は剛に勝り、弱は強に勝る。魚、深淵にては脱すべからす。邦の利器はもって人に示すべからず。 〔柔は剛より有利であることがある。弱いことが強いことより優れていることがある。魚は深い淵から出ると死んでしまうのでそこから出てはならない。一国の「利器」は奪われてしまうことにもなりかねないので、それを軽々に見せてはならない〕

道徳武芸研究 純化した「合気」としての呼吸力(1)

  道徳武芸研究 純化した「合気」としての呼吸力(1) 一部には「大東流の合気は技術であるが、合気道の合気は理念である」とする理解がある。これは大東流では「合気」を掛けた時に相手が反り返るような動きになって現れたりすることの分かりやすさも原因していよう。そうした身体状態を導き出す技術が「合気」とされるわけであるから大東流のいう「合気」はひとつの技術として明確に認められることになる。一方、合気道では「合気」を「宇宙と一体となる」とか「万有愛護の精神」であるとか言われるのに加えて、技の中に呼吸投げはあっても、合気投げなどが言われるものがないこともあって、「合気」は具体的な技術として展開し得ていないのではないかとされるわけである(合気投げとする技法が示されることもあるが、ほぼ呼吸投げと変わらないし、一般的ではない)。ここで問題とすべきは、なぜ合気道において「合気」が理念となったか、ということである。そこには大東流の「合気」が、合気の意味としての「気を合わせる」ということからして、大東流が技術として示している「合気」ははたして合気とするにふさわしいものであるのか、ということがある。取られた手を押し込むようにして相手を崩す手法を「気を合わせる」とすることができるのか、ということである。

第三十五章【世祖 解説 〔両儀老人 漫語〕】

  第三十五章【世祖 解説 〔両儀老人 漫語〕】 およそ万物は道によって生じている。そのため聖人は道と同化しているので、天下は自ずから聖人に帰することになる。万物が帰しても聖人は何物をも傷つけることはない。つまり、天下の人々は皆、泰平に安んじているわけである。楽人を用意して、食べ物を並べて、客を迎える。しかし客が帰ってしまうと宴を止めて、それに心を留めることもない。こうしたこだわりのない境地はまさに道によって導き出された言ではなかろうか。淡いのは無味の味である。見ることのできず、聞くことのできないものは、まさに古今にわたって存している。これを用いても尽きることはなく、心静か(恬澹)であり、無為であることが伺える。つまりこれこそが大いなる道のシンボル(大象)なのである。 〔社会には共同幻想が必要であるが、それに振り回されることはない。またあえて否定することもしない。自分が超然としているだけである〕

第三十五章 【世祖 注釈】〔両儀老人訳〕

  第三十五章 【世祖 注釈】〔両儀老人訳〕 大象を執りて、天下を往く。 〔共同幻想によって、天下は動いている〕 「大象」とは、無象の象のことである。つまり道ということである。「往」とは、帰るということである。 往きて害せず。平(つね)に泰(やす)らかなるを安んずる。 〔あえてそうした幻想を破るようはことはしない。共同幻想によって常に天下の安定を得るようにする〕 「往きて害せず」とは、物を傷つけないということである。 楽しみて餌を与える。過ぎれば客、止む。 〔楽しんで俗人に同調する。しかし同調を強要されそうになれば「客」として俗人に同調していても止めてしまう〕 楽しんで悦んで客をもてなす。食事(餌)は客の口に合うものでなければならない。 道の口に出るに淡たるやその味なし。これを視るに見るに足らず。これを聴くに聞くに足らず。これを用いるに既(つ)くべからず。 〔道と一体となっている人が語ることは適度に共同幻想と同調しているが、深くそこに入り込むことはない。それは同調しているようにも見えるが、そうかと言って全く同調しているようにも見えない。その言うことを聞いてみても、全く同調しているとは聞こえない。道と一体となっている人を共同幻想の中にある人がそれによって使おうとしても俗人の思うようにはならないものである〕

徳武芸研究 手印と静坐(9)

  徳武芸研究 手印と静坐(9) 静坐で用いられる手印は両掌を重ねたものが多いように思われる。これは坐禅でも同じような印を結ぶ人が中国では多いようであり、坐禅でも印を厳格に結ぶことはそれ程、重視していないように思われる。また中国での一般的な礼法で用いられる叉手(さしゅ)といわれるものに近い「印」が用いられることもある。日本の坐禅でも白隠の系統ではこの「叉手」といわれる印を組むことがある。これは煉丹術では太極手であるとか八卦手であると称されている。ようするに静坐では「静」を得て「敬」を体得することで本来の自分のあり方である「性」を知れば良いのであって、形式は導入時には必要であるが、そうしたものは適度に調整して崩しても構わないと考えている。これは武術の套路も同様である。静坐では「最後の儒者」などとして南懐瑾が台湾などで評価する人が少なくないようである。また因是子静坐法も現代的な方法として実践されている。静坐についてはまた中嶋隆蔵の『静坐 実践・思想・歴史』があり広く文献を渉猟しているが、著者の説明では実際の修行に直接資することはないが、引用されている文献からは得るものが少なくないであろう。

道徳武芸研究 手印と静坐(8)

  道徳武芸研究 手印と静坐(8) これは静坐だけではなく中国における「修行」法の特徴ということができるであろうが、中国における修行は「結果」を求めることを第一義とはしていない。そうであるから「易」も既済ではなく未済をもって終わるわけである。静坐はあくまで「自然」な状態を開くためのものであり、それがどのような状態であるのかを明確にする必要はないとされている。「仁」や「孝」といった儒教の徳目も、ある一例を示しているに過ぎないのであって、それらはすべからく人の本来の性質・気質である「性」から発せられたものと考えるのである。こうした意味において武術もあくまでそこに示さてているのは「プロセス」であって、それが「最終形態」ではないのである。ために日本人からすれば「中国人はかってに形を変えてしまう」と思われることが多い。静坐で坐法や手印が一定していないのは、このようにどのような意識状態に導くかが決まっていないからなのであるが、できるだけそれは「自然」であることが良いとされているので、作為は少ない方が良いと考えられている。

第三十四章【世祖 解説 〔両儀老人 漫語〕】

  第三十四章【世祖 解説 〔両儀老人 漫語〕】 この章では、道体は分けることのできないことが述べられている。そうであるから「汎(ひろ)かるや」として、あらゆるところに存しているもののその具体的な姿を見ることができないのである。左であっても、右であっても、それが無いというところはない。あらゆるところに存している。あらゆる物は全て道から生まれている。その働きは止むことがない。この世の始めから物を生み続けている。そうであっても、その功を誇ることはない。およそ道というものは、万物を愛し養うものである。そうであってもそれを自分が行っているという気持ち(主宰の心)は無い。ただそれは虚であり、無に属している。そうであるが、あえて名を付けるならばこれは「小」ということになる。万物が道に帰するので、道は「主」ということになる。しかし道のそうした働きを知ることはできない。そうであるから「大」と称するのである。ただ「小」とか「大」とかいっても、それが実際に道の名であるということではない。そうではあるが、「小」であったり、「大」であったりする。こうしたことがあるので聖人は結局は自分を「大」とすることもないが、よく「大」いなることをするのである。 〔良いとされることでも、悪いとされることでも、道を知っている人はこだわりを持つことはない〕

第三十四章 【世祖 注釈】〔両儀老人訳〕

  第三十四章 【世祖 注釈】〔両儀老人訳〕 大道、汎(ひろ)かるや、それ左右すべし。 〔大いなる道は広大であるので左にも、右にも存している〕 多くあっても現れて来ないことを言っている。 万物これを恃(たの)むに、もって生まれて辞(や)めず。功成りても名を有せず。万物を愛養して主と為らず。 〔万物は道によっている。道から途切れることなく生じている。道にある人は何かを為しても、その功績に執着して名誉を求めるようなことはない。道にある人は万物を愛養しても、自分がそれを行ったと誇ることはないのである〕 「主と為らず」とは、主宰しているという気持ちの無いことである。 常に無欲、名とすべきは小たり。 〔道にある人は常に無欲であり、名誉を求めることはなく「小」さな存在でいる〕 湛然、常虚であるのであり、これを「小」というイメージで表している。 万物、帰して、主を知らず。名とすべきは大たり。 〔道にある人のところには万物が自ずから帰属するが、その人が主となって誇ることはない。そうした名誉を誇ることは「大」いなる存在であるが、道にある人の求めるところではない〕 あらゆる物が含まれる。それを「大」というイメージで表している。 これをもって聖人は終に大を為さず。故によくその大を成す。 〔そうであるから道の人である聖人は「大」というイメージで示される名誉を求めることはない。何らのこだわりもなく名誉(大)を受けてしまうのである〕

道徳武芸研究 手印と静坐(7)

  道徳武芸研究 手印と静坐(7) 法界定印は親指の先を触れ合わせるだけであるので、ある種の不安定感がある。つまり法界定印はなかなか難しい印なのである。心身の状態がある程度、整っていないと指先に力が入ってしまい親指の先がせり上がってしまう。あまりに足の痛みを我慢したりしているとそうしたことになってしまう。この印は親指の先が軽く触れるくらいが適当とされているが、これを保つには親指と下の四指で作った空間に「気」が満ちていなければならない。一部には親指の先を触れないで向かい合わせるだけにする組み方もある。これはかなりリラックスできる方法であるが、この手印を得るには指先を触れる時以上に掌に充分な「気」の空間が保たれていなければならない。静坐の手印としては阿弥陀定印から法界定印へと至り、充分に気の充実を感じたら徐々に親指へのストレスを軽減してとらわらのない状態へと入るのが静坐としては好ましいと思われる。