道徳武芸研究 失われた輪「腰の廻り」〜相撲から柔術へ〜
道徳武芸研究 失われた輪「腰の廻り」〜相撲から柔術へ〜 相撲は柔術の源流とされるが、見たところ共通点は余り無いようにも思われる。それは組んだ時に相撲は「まわし」を取るのに対して、柔術は襟や袖など胸のあたりを取るところにも顕著に見ることができる。他に相撲は「押し」が主であるのに対して柔術は「引き」を多用するところも違いとして感じられるところであろう。しかし、こうした違和感ともいうべき差異があるのに、どうして「相撲は柔術の源流」などと言われるのであろうか。また柔術はかつては「腰の廻り」と称されていたともいう。これは一体、どのようなものであったのであろうか。私見によれば相撲と柔術を結びつける「失われた輪」として「腰の廻り」があったのではないかと考えている。 「腰の廻り」を典型的に見ることができるのは柔道の古式の形であろう。そこでは甲冑を着た相手を投げることで戦闘不能にさせようとするものである。甲冑で身を固めている相手を切ることは、なかなか難しい。しかし投げてしまえば、一時的にではあるが戦闘能力を失わせることができる。その時に鎧通しで相手を殺傷することが可能となるわけである。重い甲冑を着た相手は腰を中心に振り回すことで比較的容易に崩すことができる。このように「腰の廻り」は対「甲冑」の為の柔術であり、それは通常の柔術が手や胸、袖を持つのとは異なり、腰のあたりを持って行うものであった。「腰の廻り」は甲冑を相手にした柔術であった為に近世になって「実戦」が普通の服装を主にするようになると次第に失われて行ったものと思われるのである。 現在「腰の廻り」を冠する柔術に竹内流がある。竹内流は竹内流「腰廻小具足」という技の体系があるが、これは胸を取っていて動きも柔術に近い。それは、これが甲冑ではなく小具足であるからである。小具足は軽装であり最早、相手を引き倒すことより、組み伏せて鎧通し(短刀)で攻撃する方に重点が移動してしまっているわけである。甲冑柔からは、こうした鎧通しを使う術が発展して行った。これが一方では剣術となり、一方では柔術となって行くことになる。短刀を使う剣術で有名なのは中条流であるが、近世は大小を帯びるのが通例となった為もあり、短刀(小太刀)のみの術は独立したものとしは失われて剣術の一部として残るだけになった。また短刀の術が柔術へと展開するのは短刀で効果的に相手を殺...