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道徳武芸研究 金陵八卦掌故事(5) 八卦掌「雲歩」小考〜自然歩とは何か〜

  道徳武芸研究 金陵八卦掌故事(5) 八卦掌「雲歩」小考〜自然歩とは何か〜 八卦掌の基本となるのはショウ泥歩である。ショウには「足」篇に「尚」の字が用いられることもあれば、「走」に「尚」の字のこともある。これらは共に「泥の中を歩く」という意味となる。具体的には「平起平落」の秘訣をしてショウ泥歩は練られるのであるが、これは単に足裏が地面と平行に上げ下げされるということではなく「前に進む勢いを後ろ足の蹴りに依らない」ということが、この秘訣の求めるところとなっている。そうであるから、 1、足を出して前足が地面に着く。 2、前足に重心を移動する。 3、後足を上げる。 という動作になるわけである。当然、歩幅が広い時には後足のつま先が残って、足裏が地面と平行に上げられないこともあるが、それは間違いではない。こうしたショウ泥歩を基礎とする八卦掌であるが実戦では「自然歩」が用いられるということを説く人も居る。袁子府は『金陵八卦掌』の中でショウ泥歩を基礎として実戦的な歩法には「雲歩」があると述べている。これは別名「砕歩」とも言うらしい。「雲歩」は行雲流水のような滞りのない歩法ということであろうし、「砕歩」は形式にとらわれない(基礎的な形式を砕く)法という意味であろう。因みにショウ泥歩の要訣としては「慢、拙、重」が挙げられており、雲歩は「軽、霊、快」が示されている。一応、説明をしておくとショウ泥歩は、 慢 ゆっくり 拙 単純 重 重心を沈める が重要なのであり、これに対して雲歩は、 軽 軽快 霊 滞りなく 快 速く となる。一見してショウ泥歩と雲歩は反対のようにも見えるが、袁子府はショウ泥歩の基礎の上に雲歩があるのであり、雲歩においても「平起平落」の原則は守られていなければならないとする。つまり既に示した1から3のショウ泥歩の全ての過程が「瞬間完成全過程」(『金陵八卦掌』)となるのが雲歩なのである。そうであるから「自然歩」とされるものも、ただ普通に後足の蹴りで勢いを得ているなら、それは八卦掌としては正しくない歩法ということになる。 袁子府は「初練時」として「托天掌」を挙げている。これはよく知られた八卦掌の基礎練習法でもある。両掌の指先を内に向かい合わせて頭上高く挙げ、腰を落とす。そして、その姿勢のままゆっくり歩くのであるが、袁は「直線」を歩くとする。一部では、この姿勢で円周を...

丹道逍遥 文始真経(五 鑑篇十五一〜二十)静坐秘伝「息妄全真法」

  丹道逍遥 文始真経(五 鑑篇十五一〜二十)静坐秘伝「息妄全真法」 これは「盲心」の働きにとらわれることがなければ、自ずから「真心」に帰することができる、ということである。「真心」は「本来の心のあり方」であり、これを「道心」「天心」という。一方「妄心」は「凡心」「物心」とも称する。つまり「とらわれの心」が「妄心」ということである。物にとらわれない心のあり方に戻すには、どうするか。それは「静」に依らなければならない。老子は濁った水は「静」をもってすれば、それを清めることができる(第十五章)と教えている。 仏教の唯識思想には「熏習(くんじゅう)」ということがある。これは簡単に言えば「刷り込み」である。我々は、いろいろな経験をするが、それが心に刷り込まれるのを香りが染み込む「熏習」という言葉で表現しているわけである。つまり、ここでも心は「無」であり、それが熏習によって個々人のとらわれになるという理が示されている。唯識では、また「能熏」「所熏」ということも考えられており「能熏」は経験などの熏習を起こす行為のことであり、それが記憶となって心に染み込んでいるところである深層意識(アーラヤ識)が「所熏」とされる。仏教ではこうした「記憶」からの完全離脱を模索するのであるが、おそらくは無理であろう。こうした「記憶」はできるだけとらわれないように心がけるくらいで良いのではないか、というのが文始派の考え方である。                               (参考 蕭天石『道海玄微』)   文始真経 心は「無」である、というのが文始真経の教えである。そうしたこともあって、多くの瞑想法が心にイマージを刷り込もうとする。これは一定の教義などがある場合には特にその傾向が強い。そして、刷り込みが完成した状態が高い境地にあると思い込まされる。チャクラを見るとか、クンダリーニを覚醒させるというのも、ひとつのサイコドラマ(心理劇)に過ぎない。本来的には、そうした架空の物語をたどることを経て、それを超越することが求められるのであるが「物語の完成」をして悟りを成就したと思い込んでいる人が実に多い。禅宗では「仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺せ」(『臨済録』)と教えている。ここにおいて禅宗からの離脱が生じなければならないのであるが、これを悟って禅宗から離れる人の居ることを聞い...

道徳武芸研究 八卦拳と宗教秘密結社〜董海川「以前」を考える〜

  道徳武芸研究 八卦拳と宗教秘密結社〜董海川「以前」を考える〜 五術(命、卜、相の占いと仙道と医術)の伝承者である秦浩人は八卦拳を紹介したページで不思議なことを述べている。 「仙道においては、まず八卦拳からはじまり、それから梅花拳にはいります。また門派によっては、八卦拳から武当拳にはいるのもあれば、少林拳にはいるものもあります。しかし、いずれにせよ、八卦拳というものは、あらゆる拳法の基礎です」(『中国仙道房中術』) ここでは八卦拳があらゆる武術の基礎であるとしている。これはひとつの見解としては妥当なものであろう。そして、それを基礎として武当拳に入る、というのは形意拳や太極拳を学ぶということである。かつては八卦拳、形意拳、太極拳を「武当拳」や「内家拳」と称することがよくあった。また八卦拳を基礎として少林拳を学ぶのも現在の八卦拳が羅漢拳を欠くことからすれば、あるべき方向性ではあろう。本来、八卦拳には八卦掌と羅漢拳の二つの体系がある。秦が紹介している八卦拳は走圏だけの孫派の八卦掌であるため、それを補う「羅漢拳」部分が必要となるということである。 さて、ここで「不思議な」というのは仙道において習われるべき拳として梅花拳が挙げられている点である。八卦拳と梅花拳が関連を持つ「空間」として唯一、考えられるのは近世中国の宗教秘密結社である。そして、それは八卦拳の淵源とも関係するものと思われる部分がある。以下、そうしたことに就いて述べてみよう。 中国近世の清朝にあって民間武術が「地下」に潜伏することになったのは禁武政策によるのであるが、結果として武術と秘密結社が強く結びつくことになった。その中核となったのは白蓮教と天地会である。これらは一個の組織というより宗教色の強いのが「白蓮教」の系統であり、互助団体的な性格に重きがあるのが「天地会」の系統ということである。実際に動いていたのは実に多くの組織であって、それらに何らかの全体を統合するような命令系統や組織があったわけではない。「八卦」が関係するのは白蓮教の系統で八卦教として出てくる。八卦教での武術としては離卦拳、震卦拳、坎卦拳などがあった。これに就いては『藍籍外史』に次のようなエピソードが記されている。 「嘉慶丁巳(嘉慶二年・1797年)、山東省の済寧の出身である王祥は馮克善に拳法を教え、馮はよくその術を受け継いだ。庚午(嘉慶...

鄭環『老子本義』(四章 五章)一字金輪像とアマテラスの秘法

  鄭環『老子本義』(四章 五章)一字金輪像とアマテラスの秘法 東寺では余りに力が強すぎて長者のみが修法を許されている「最深秘奥」の法があったという。それが一字金輪像を用いる修法であった。この法を修すると既に行っていた他の法が全て無力化されてしまうともされる。一字金輪の秘図は現在では「文化財」として容易に見ることができるが、それは月輪の中に金剛界の大日如来の居るものである。これは、この法が月輪観をベースにする法であることを示している。月輪観は、その次に月の中に「ア」字を観ずる阿字観へと深められる。これを「バン」と観ずれば金剛界の大日如来となる。月輪の中に大日如来が居る形は、月が太陽の光で照らされている状況を示すものである。こうした「照らす、照らされる」の関係が、まさに古代の天照大神の信仰そのものであることは、ひじょうに興味深いことであろう。一字金輪像の法が修されるようになる中世は、仏教の中に神道的なものが大きく融合した時期でもあった。密教の修行者が修法を通して自己の内面と向き合うことで、意識の奥底にある「神道」的なものと出会うことになる時期が中世なのである。 天照大神は「あまてらす」なのか「あまてる」なのか読み方が判然としない。これは『古事記』や『日本書紀』に読み方が記されていないのが原因であるが、古代においては余りに周知のことであったので、特にそうしたものを書き残そうとは思わなかったのであろう(一部の難読と思われる神名には読み方が示されているものもある)これが今となってはかえって災いしている。もし、これが「あまてる」なら「天が光って照らしている」ということになる。「天」は「太陽」そのものとはしがたいので、これでは意味がとれない。一方「あまてらす」なら「あまを照らす」であるから、この時の「あま」は「天」ではなく「海」とされる。つまり「あまてらす」は「海を照らす」神なのである。ただ、この信仰が広がると海の近くだけではなく内陸部にも及ぶことになる。そうなると「海」に代わって「照らされるもの」が必要となる。ここで日本人が発見したのは大陸から渡来した「鏡」であった。鏡に太陽光を反射させることで、その司祭者は天照大神を祀ることのできる者となったのである。『魏志倭人伝』には卑弥呼が銅鏡100枚を得たとある。このように大陸から得られる鏡は天照大神祭祀では欠くことのできない...

道徳武芸研究 柳生心眼流は「拳法」なのか

  道徳武芸研究 柳生心眼流は「拳法」なのか 柳生心眼流の激しく拳を振り回す「素振り」を見れば、それが拳法の練習であるかのように思ってしまうのも無理のないことかもしれない。しかし「素振り」の動きは拳法の形として見た場合には不合理であり、またこの動きは棒術そのものであることからしても、柳生心眼流のベースとなるシステムは棒術とされなければならず、これを拳法のシステムとして理解することは困難であると言わなければならない。 柳生心眼流が古武道では珍しい当身を中心とする拳法的なシステムであることを広く紹介したのは松田隆智の『謎の拳法を求めて』(1975年)である。こうした流れを受けて大東流からの影響を小さくイメージ付けたいと思っていた植芝吉祥丸は、かつて盛平が同流を修行していたことを強調していた時期もあった。またこれは盛平が「合気道は当身が七分」としていたこととも関係していよう。しかし実質的に合気道では当身の稽古はなされていないし「柳生心眼流のイメージ=当身」が広まるのも好ましくないと思われたのか、現在では柳生心眼流が特に強調されることもないようである。実質的には合気道が大東流から派生したことは明らかであるし、盛平の言う「当身」は「間合い」のことで、これには拳や掌を用いた突きや打ちを含めることもできるが、本質的には「相手の意識を撹乱させる」との教えであることからしても柳生心眼流と合気道の関係を過度に主張するのは適当ではない。 柳生心眼流が拳法的である、ということはまた八極拳との類似においても指摘されたことがある。八極拳は下から相手の攻撃を跳ね上げるようにする動作が多くあることもあり、心眼流との類似が着目されたのであった。これは八極拳が棒術と深い関係があるからと思われる。おもしろいことに顔の横と腹部あたりに構える八極拳の基本の構えは柳生心眼流とひじょうに似ている。柳生心眼流が正面で、八極拳が横に構えている違いに過ぎないということもできる。こうした構えは棒術の基本である。こうした下段の構えを基本とするのは、棒術が相手の攻撃を跳ね上げて、上から打ち下ろすパターンを多用するところにある。一方、槍術は中段に構える。これは形意拳に見られる構えでもある。槍術は相手の攻撃を上から叩き落として中段を突く、そのために下段に構えることはしない。 八極拳と棒術との関係については、劉雲樵が考案...

丹道逍遥 文始真経(五 鑑篇十一〜十四)静坐秘伝「存想谷神法」

  丹道逍遥 文始真経(五 鑑篇十一〜十四)静坐秘伝「存想谷神法」 ここに「存想」とあるがイメージを用いるのではない。これは「本心」のあることを観じることに尽きる。「本心」とは「本来の心」のことであり、これを「性」と称する。孟子は「大人は、赤子の心を失わざるものなり」としているこの「赤子の心」というのが「性」である。これを開くには虚無でなければならない。老子は第六章で「谷神」に触れているが、これを「天地の根」と称することを紹介している。そしてそれが活動している状況を「綿綿」と形容する。柔らかで、有るようでもあるし、無いようでもある、ということである。それは静坐をしていて自ずから心が定まることであり、これはまた「玄関」が開くことでもある。「玄関」は老子のいう「玄牝の門」と同じで、これらは全て「性」が開くことを言っている。太極拳の動きの秘訣である「綿綿不断」は単に「柔らかく、途切れなく」動くというだけではなく「性」が開いて心身が「自然」なあるべき状態にあって動いている、ということでなければならない。こうした状況に入るには強いて集中したりするようなことは好ましくない。                               (参考 蕭天石『道海玄微』)   文始真経 人の心の働きの根本にあるのは「性」である。儒教で「性」は善なるものであるとされ、道教では太虚であると教える。文始真経は、どちらかと言えば「太虚」の方のニュアンスが強い。心と「性」との関係はインドでは「真我アートマン」と「梵ブラフマー」との関係に似ている。これはインドでは自己の中に「真我」があるのであるが、それが正常に働いていないのが「我」である。「我」は欲望に惑わされたりして誤った判断を下していると考えるわけである。そうした中で「我」が「梵」と一体となった時に「真我」が顕現することになる。心身が正常な状態でない時「真我」は自分の中に隠れているとされる。一方「性」は隠れているのではなく、心と共に常に働いている。そうであるからこれを善とすると、自己の欲望によって不適切な判断を下すことの説明ができなくなると考えた儒者も居たが、そうした場合にも人は自己正当化をしないでは居られない。こうなれば、やはり「性」は善であるのではないかと思われる。「性」の善は普遍的なものであるが、心の善は普遍的なものであることもあ...

道徳武芸研究 演武と表演、観摩

  道徳武芸研究 演武と表演、観摩 最近、SNSなどで合気道の演武の動画を見て「技がきれいに掛かりすぎている。八百長ではないか」などという疑問が出されているとも聞く。しかし、これは論理矛盾である。およそ演武では「技」を最もあるべき形で提示するのであるから、ことに掛けやすいようにするのは当然のことであろう。「掛けやすい」というのは対応する技の条件を正しく整える、ということでもある。正面から打って来る攻撃に対する技を行う場合に、少しでも動きがズレてしまったのでは本来、示そうとする技を崩して応用的な動きをしなければならなくなってしまう。そうなると「正面打ち」の演武としては適当性を欠くことになる。これは科学の実験でも同様で、不適切な条件が加わってしまうと、期待されるべき結果に導けなくなる。これと演武での条件設定は同じことである。 近代以前の武術は秘密にされており、その動きが他に見られることには、ひじょうに警戒をしていた。道場の窓も格子窓で外から見えないようにしていたくらいである。現代では一部の道場は通りに面したところを宣伝もあってガラス張りにするなどの傾向も見られるようである。武術に対する人々の意識も大きく変化して来ているのであろう。近世あたりでも演武が行われることはあったらしいが、その時には演武用の形を見せていた。居合では三宝の上に藁束を横にして、それを八分くらい切って、真ん中を残したまま藁束を左右に落とす。それを富士山に見立てる。こうした演武は今でも時に見ることがある。また水練では立ち泳ぎで文字を書くなども、通常の稽古にはない演武用の形である。柔術では諸賞流に演武用の形があり、現在でも演武会でそうした形が演じられている。また柔道では古式の形なども演武用の形といえるであろう。このように演武は実際の稽古とは異なる「見せる」ことを目的としている。また往々にして「本当の動き」は見せないようにされているケースもある。「演武」に「本物」だけを期待する風潮が現在あるとすれば、武術というものの秘伝性を大きく誤解していると言わねばなるまい。 ただ「演武」に「本物」を求める人が居るのは「演武」という語が「見せる」ためのものという以外に「稽古拝見」や「看取り稽古」といった側面があるからでもあろう。これが誤解の元となっている。「稽古拝見」は主として剣道で使われる語で、必ずしも一般的では...