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道徳武芸研究 天の鳥舟と合気二刀剣に見えるアーキタイプ〜意識の深層へ至る〜

  道徳武芸研究 天の鳥舟と合気二刀剣に見えるアーキタイプ〜意識の深層へ至る〜 ユングは神話や宗教などで、交流のないところに共通するモチーフのあることを知って、それらを結ぶものとして集合無意識なるものを考えた。ここには人類が普遍的に有する「一定の型」が秘められていて、それが時に応じて、いろいろなところで現れていると考えるのである。これをアーキタイプ(元型)と称する。ちなみに平田篤胤も、こうしたことに気づいていて、世界の神話を見ると日本の神話と似たモチーフのあることに注視をしていた。しかし篤胤は、その理由として「神話を正しく伝えている日本神話であり、その一部が断片的に世界の各地に残っている」と考えたのであった。そして、これにより日本神話が最も確かな伝承で、その正しさが証明されていると思うに至った。しかし、世界の神話には日本の神話にない話も多くあるので篤胤の考えは容易に否定され得るものではあるが、当時は世界の神話といっても聖書や仏典、中国の古典などから知るくらいのものであったので、こうした誤解も生じる余地があったのかもしれない。 それはともかく、ここでアーキタイプとして取り上げようとしているのは「腕を前後に振る運動」である。これは合気道では「天の鳥舟」あるいは「舟漕ぎ運動」などとして行われているが、その起源が川面凡児の禊行にあることを知る人も居ることであろう。おもしろいのは、NHK「めぐみ巡り」神戸編(2026年7月15日放送回「100年以上続く神戸の朝の楽しみ方 毎日登山」)で、灘地域に住む人達が朝に一王山(いちのうさん)に集まってラジオ体操をする様子が報じられていた中に「櫓漕ぎ運動」なるものが行われていたことである。地域の住民が集まってラジオ体操などをしているのは、各地に見られる朝の光景であるが、その後に「櫓漕ぎ運動」なるものを行うのは珍しいであろう。「80年くらい前からやっている」というから戦時中から続いているものと思われる。それというのも、この「櫓漕ぎ運動」が川面凡児の「天の鳥舟」であることは、その動作からして明らかであり、戦中は物量において圧倒的な劣勢にある日本がアメリカに勝つには「精神力」しかない、とされ各地に修養団体が作られ、そこでは川面の提唱した行法が実践されていたからである。おそらく一王山の「櫓漕ぎ運動」はその名残りであろうと思われる。 一王山...

丹道逍遥 文始真経(五 鑑篇五〜十)静坐秘伝「息心止念法」

  丹道逍遥 文始真経(五 鑑篇五〜十)静坐秘伝「息心止念法」 心の動きを息(やす)ませ、念の起こるのを止める法ということである。つまりは心の働きが鎮まれば妄念も起こることがない、ということである。丹書では「降心」を記す。仏教では「止」をいうが仙道では「降」とする。けっして心の働きを止めるのではなく、適度に鎮めるのであり、それにより妄想にとらわれることのないことが重要とする。妄想そのものが生じるのは仕方のないことであり、正しい想いと誤った想いは共に同じ心の働きであるから、それ自体を止めてしまうことはできないと考えるわけである。重要なことはとらわれがなくなることであり、これを「心中無一物、乾坤自在の間」とする。心がとらわれることがなければ、乾坤(天地)にあって自在の境地にあることができる、ということである。「降心」は「心を降す」のではなく「心が降る」と読まれなければならない。「降す」という意図的なことではなく「降る」という自然に起こることであるべきなのである。                               (参考 蕭天石『道海玄微』)   文始真経 ここで説かれているのは仏教の唯識と同じである。「文始真経」は尹喜(関尹子)が実際に書いたとすれば紀元前六世紀ころの文献ということになるが、今日の研究では十世紀あたりに作られたのではないかと考えられている。それはここにあるような唯識などの後の思想が入っていることも、その理由とされる。ただし伝説では老子は尹喜に教えを残してから西域の方に赴き、釈迦となったとされている(老子化胡説)から「文始真経」に唯識的な文言があるのも矛盾しないことにはなる。 それはともかく人の心は外的なものによって煩わされるが、そうであるから、それを意識しないようにすれば良いわけで、そのためには余計なことを認識しないことが大切なのである。「老子」第八十章には「隣りの村から鶏や犬の鳴き声が聞こえて来ても生涯、行こうとも思わない」とあるように余計なことまで知ろうとすると面倒が生まれることになる。 (五) 関尹子が曰れた。 心の働きが分かれば、心が物を認識しなければ物は無いことになることが分かろう。また物があると思っても、実際は物の無いこともある。そうであれば道のあることを知っていても、それを認識していないこともあることになる。全ての価値判断...

道徳武芸研究 なぜ八卦掌において武器は巨大化したのか〜大刀から点穴針、そして通臂功〜

  道徳武芸研究 なぜ八卦掌において武器は巨大化したのか〜大刀から点穴針、そして通臂功〜 一部の八卦掌において武器(主として刀)の「巨大化」が生じている。そもそも八卦掌の源流である八卦拳には武器の巨大化は見られない。また『八卦拳真伝』(董海川ー程廷華ー孫錫コン)や『八卦剣学』(董海川ー程廷華ー孫禄堂)などでも、特段の巨大化は生じていないようである。こうしたところからしても、八卦掌における大きな武器の登場は極めて限られたところから生じているように思われる。一方で点穴針(上元筆)などの小型の暗器も、八卦掌の特色としてよく知られている。こうした武器は暗器と称され暗殺用とされていたりもする。また佐助器と呼ばれることもある。暗器とは「見えないくらい小さな武器」の意であり、佐助器は「威力を加味するための武器」のことである。つまり、威力を加味する武器の中で小型のものが暗器ということになる。ちなみに大きな佐助器には盾(盾牌)などもある。これらも八卦拳ではこうした武器は主要なカリキュラムとしては組み込まれてはいない。また本来的にも暗器や佐助器は、威力を増すためのものであるので通常の套路をして使うのが原則で別に套路を編むということはしない。ちなみに、こうした武器を応用として使うには日頃から慣れておく必要がある。 八卦掌において大刀や点穴針などが、特別な套路を持ちカリキュラムの中に取り入れれているのは見るべきであろうが、一見して相反するような大きな武器と小さな武器が併存しているのは、つまるところは八卦掌の特色である梢節(掌)を使うことと関係している。一般的な拳術では根節(肩)が攻撃力を出す基本となる。こうした攻撃を尺勁という。一方で梢節を使うのが寸勁である。寸勁に比べて尺勁の方が力が大きいのは当然であるが、それならどうしてあえて梢節を用いるか、というと、それは攻撃を確実に当てるためである。尺勁では腰から発した力を「肩」に溜めて発するのであるが、寸勁では「肩」の溜めを使うことなくストレートに力を掌まで届ける。これにより攻撃力は弱いものの速い動きが可能となって第一撃を確実に相手に当てることができるようになる。これは日本の武術の当身でも、そうなのであるが弱い当てでも「瞬間、動きを止める」ことができれば、その間に有効な攻撃が加えられると考えるわけである。こうしたことを行うには通臂功が練ら...

鄭環『老子本義』(上経 一章)オカルトバクハツ!〜「くらしの中の祈り」展〜

  鄭環『老子本義』(上経 一章)オカルトバクハツ!〜「くらしの中の祈り」展〜 調布市郷土博物館では「くらしの中の祈り」展が開かれている。この展示では調布の旧家に残されていたいろいろな寺社の「札」などが展示されており、近世から近現代にかけての信仰のあり方を伺うことができる。人の願うことは大体において「福禄寿」に象徴されるように「福=地位」や「禄=金銭」「寿=健康」であろうが社会情勢によっては特別な「祈り」も生じる。展示では武運長久など戦時を思わせる「札」もあった。また大山阿夫利神社の神代文字を記したものも見られた。こうした特殊な「札」が生まれた背景の詳細は今となっては分からないが、何らかの思いの高まりがあったと思われる。つまり「オカルトのバクハツ」があったわけである。 こうしたオカルトへの思いの高まりは職業や地域においても生じており「講」として信仰を共有していた。これについての展示もあり、近世に多く作られた「講」も次第に社会構造が変化(農村から都市へ)するにつれて消滅して行ったことが示されている。郷土芸能(獅子舞)も、同様の傾向にあるが、東京郊外地域では新たな共同体が出来て維持されているケースも少なくないようである。つまり本来は村落の共同体があって「芸能」も担っていたのであるが、現在は「芸能」を担うためだけの「共同体=グループ」が作られているわけである。これは大都市・東京の周辺で急激な人口増加があって、いろいろな関心を持つ人が住むようになり「芸能」に興味を持つ人が一定数居ることによる。これは地方の田舎で、共同体の形が変わらなく、ただ過疎になるだけであるのと大きく違っている。 これらの展示は一室だけの小さなものであるが「札」「講」「年中行事」「郷土芸能」「現在の信仰」と多彩な視点でよく地域の信仰のあり方が示されている。                           「くらしの中の祈り」展は9月23日まで 今回より鄭環の『老子本義』(1784年、乾隆四十九年)を読むことにする。鄭環は江蘇省の出身で清代の武挙に合格している(科挙は文官の採用試験であり、武挙は武官の採用試験)。特色としては鄭自身は老子の考えをそのままに理解しようとするスタンスであるが易理を用いていることもあり、そうした点に解釈の特異性がある、ということができるであろう。 一章について 一般的に...

道徳武芸研究 金陵八卦掌故事(4) 「正宗」少林拳としての八卦掌〜少林破壁伝説と行歩功〜

  道徳武芸研究 金陵八卦掌故事(4) 「正宗」少林拳としての八卦掌〜少林破壁伝説と行歩功〜 『少林破壁』(閻徳華)はかつては『八卦掌図説』として出版されていた。内容は八卦掌の対打で独特の絵も味わいが深い。一般には『少林破壁』つまり少林寺と八卦掌の用法とが、どのような関係にあるのか分からないので、かつては『八卦掌図説』としていたものと思われる。八卦掌の用法が『少林破壁』とされているのは、この教えが少林寺の壁の仲から得られた文献によるものとする意味が込められている。ただ八卦掌そのものには、少林寺に由来するような伝説はない。一方、形意拳には岳飛が記した「内経(武穆王拳譜)」を姫際可が少林寺の壁の中から発見して形意拳を編んだとされている。 こうした考え方が中国に広まるのは、恐らくはチベット仏教が中国本土に広まる清朝あたりではないかと思われる。チベットには埋納経(テルマ)なるものが山の中に埋めてあって、時のよろしきを得たならそれが発見される、という伝説がある。余談であるが浄土信仰の盛んであった平安時代には吉野の金峰山に経文を埋めて、弥勒仏がこの世に現れた時まで仏の教えを残そうと、金銅製の筒などに写経を入れて埋める人が少なくなかった。それが現在、いくつか見つかっているが藤原道長の納めたものも発見されている。これなどは「埋納経」(?)が現実に発見された例である、とすることができるかもしれない。 さて、どこに八卦掌と少林寺を結びつけるものがあるのか、ということであるが、そのイメージの根拠となっているのは「行歩功」である。「行歩功」とは、八卦掌における中核となる練法である走圏に入る前の基礎功で、これには「静功」と「動功」とがある。姿勢は同じで、両掌を胸の前で指先を向かい合わせる形にして置くのであるが、これは大体、禅宗の経行と同じである(禅宗では両手を組み合わせる叉手となる)。この姿勢で「静功」であれば数分から数十分その状態を保つわけである。「動功」は足裏を地面から余り離さないようにして(上げるのは3センチ以内)、200メートルを2時間ほど掛けて歩くことになっている。200メートルであれば300歩くらいになるので、数分で一歩を進めるくらいになるであろうか。そうなれば常に動いているというより「静功の姿勢でしばらく静止して動く」を繰り返すことになろう。これは形意拳の三体式と同じで...

丹道逍遥 文始真経(五 鑑篇一〜四)静坐秘伝「回光返照法」

  丹道逍遥 文始真経(五 鑑篇一〜四)静坐秘伝「回光返照法」 回光返照法は、これを小周天とすれば「観」字の法門となり、密教の観想とも共通している。イメージを用いる瞑想法である。「回」には「返す」と「回す」という意味がある。「回光返照法」を小周天と考える派は「回す」と理解している。小周天は仙道でも、よく知られた瞑想法であるが、仙道全体からすれば、むしろ特異な派(北派の中の龍門派)で中級レベルとされている。「陽気を巡らせる」というイメージを使うことが余りに意図的(有為)であり「無為自然」をベースとする仙道にあっては、必ずしもそれを良しとしないからである。 一方で「回」を「返す」とすれば「回光」は「内面を見つめること」となる。そして「返照」を「外界を見ること」とすれば、これは天台止観と同じである。仏教では感覚器官を浄化して、正しく外界を知ることで「縁起」や「空」が理解されると教える。しかし仙道では、こうした「理屈=法」を悟る必要はないと考える。仏教では、釈迦が唱えた「理屈」が「真理」であることを論証しようとして膨大な「論」を積み上げて来たが、それを完全に実証することはできなかった。仙道では日が昇って、沈むように「起こることは基本的には仕方がない」と考えて「どうして仕方がないのか」は問わない。 そうであるので仙道では「回光返照」を「内面を見つめること」と考える。ただ自己の内面を眺めるだけの瞑想法となる。人の意識は目覚めている時には、常に「外」を向いている。それを反対にすることで新たな発見が得られたり、一定のバランスを取ることができると考えている。仙道における覚醒は「逆」にあるとされる。無為自然でいうなら目覚めている時に意識が常に「外」を向いているのが「自然」であるが、それを反対にすることで「発見」が得られるわけである。つまり一方にとらわれない見方を得ること、それは「現実社会=実」に対する「虚」であった。「虚」であるからそれを「縁起」や「空」などとして限定的に語ることはできない。「虚」はあくまで現実社会に対するアンチテーゼ(反対、疑問)なのである。これを内的に行えば精神革命となり、外的であれば社会革命となる。  (参考 蕭天石『道海玄微』)   (一) 関尹子が曰れた。 心が吉凶にこだわらなければ、霊魂(心)は平穏である。 心が男女にこだわらなければ、淫鬼(淫乱な思...

道徳武芸研究 解釈総伝ということ〜ある老人の太極拳を見て〜

  道徳武芸研究 解釈総伝ということ〜ある老人の太極拳を見て〜 大東流には「解釈総伝之事」という伝授がある。これは久琢磨の目録に記されているものであるが、大東流は目録と実伝が必ずしも一致していないので「解釈総伝」がどのようなことなのかは判然とはしない。ただ「解釈」を知ることは重要ではある。こうした「解釈」のことを中国武術では「説手」と称する。これは最終段階の教えで日本では「口伝」などと言われることも大体、同じである。 なぜ「解釈」が重要であるのか。それは形の意味を知らなければ、意識と動作の統合を攻防のための力(つまり「勁」)を養う練習として行うことができないからである。かつて中国人の老人のひじょうに功の深い太極拳を見たことがある。ただ、そこに「勁」を見ることは出来なかった。動作と意識の統合による攻防の勢が見られなかったのである。よく「気」を「勁」に替えるという言い方があるが「勁」とは武術的な力のことで、それは意識と動作が一致するところに生じる。「打とう」という意志と「打つ」という動作が一致することで「勁」が養われるわけである。そうであるから、ただ形だけを練っていても「勁」は得られない。少林拳で「眼神」を言うのはそのためで、少林拳では打つ動作のところでは睨むようにして意識を集中させなければならないと教える。太極拳の統合は、それとは違い一点に集中するのではなく多少の余裕を残しておく。過度な集中をしないことで、常に「統合」の状態で居ることができ、変化の余地のあることを重要とするわけである。門派による違いはあっても「勁」を得ようとするなら、どうしても動作の「解釈」を知らなければならないことに変わりはない。 一人形は一定の連続する動作の中にいろいろな技を入れて出来ている。そのため「用法」において全ての技が連続しているわけではない。例えば太極拳であれば、単鞭と提手上勢は続いていない。進歩搬ラン捶と如封似閉は連続している。これは突き(進歩搬ラン捶)を取られた時に相手の腕の関節を制する(如封似閉)流れになっている。こうしたことを細かに説明するのが「説手」なのであるが、これは「親伝」とも称されて限られた弟子にしか教えられない。そうであるから中国では形の意味を知らないで練習をしていて、結局は「勁」を得られないままで居る人も少なくないのである。 「解釈」を合気道でいうなら、正面打...