鄭環『老子本義』(二章 三章) 白太夫と百太夫〜日本の深層信仰〜
鄭環『老子本義』(二章 三章) 白太夫と百太夫〜日本の深層信仰〜 白太夫は「しろだゆう」、百太夫は「ひゃくだゆう」と読むが、また共に「はくだゆう」と読まれることもある。白太夫とされるのは渡会春彦(わたらい の はるひこ)で、平安時代中期の伊勢神宮外宮の禰宜(ねぎ)であり、若い頃から白髪であったので、その名があるとされている。また渡会は菅原道真の守役で太宰府に流される時も付いて行ったとされる。また弟子の味酒安行(みさけのやすゆき)も白太夫と称とされることがあるが味酒家は現在も太宰府天満宮の宮司をしている。 一方、百太夫は古代、傀儡(くぐつ 人形遣い)や遊女などが信仰していた神である。現在は恵比寿神で有名な西宮神社に百太夫神社がある。西宮神社の百太夫は傀儡の神で、この神社の近くには「夷(えびす)まわし」という人形遣いの人たちが住んでいた。「夷まわし」もそうであるが、これは人形を使うことで神を降ろすものであり、人形は依代でもある。『梁塵秘抄』には「遊女(あそびめ)の好むもの」として「男の愛祈る百大夫」とあり、ここで「百太夫」が信仰の対象であったことが分かる。つまり「百太夫」「白太夫」は共に神祀りと関係のある者に与えられていた名であるのである。道真についても伊勢の神官であった渡会春彦がもとの「白太夫」であったのであろうが、後に天満宮の宮司となった味酒氏にも、神祀りの関係からその名が付されるようになったものと思われる。 人形に神を降ろすことでは「おしら遊び」が知られている。これは東北地方に信仰のある「おしら様」を祀る行為をいう。「遊び」や「まわし」は、つまりは「魂振り(たまふり)」であり、魂を活性化させる行為であった。鎮魂では魂が弱って具合の悪くなった人の着ていた服を振ったりする呪術もある。「おしら様」は柳田國男の『遠野物語』でも知られているが、その起源については明らかではない。思うにこれは「白太夫」のことを「お白様」と称したのが起源ではなかろうか。傀儡の伝える信仰が大元で、それが後にいろいろな信仰と集合して複合的な神格を持つようになったものと思われる。 また「大祓詞」には「白人」という語が出てくる。これは何らかの異常があって肌が白い人のことではないか、とされているが、既に見てきたように若くして白髪というケースもあろう。こうした人に何らかの霊的な特異性(=異常)を...