道徳武芸研究 「心身統一合氣道の五原則」を考える〜「愛の武道」という矛盾の解消へ〜
道徳武芸研究 「心身統一合氣道の五原則」を考える〜「愛の武道」という矛盾の解消へ〜 先に取り上げた「心身統一の四大原則」によって心身統一が得られたならば、それを合氣道においてどのように使うか、という問題がある。それに答えるのが「心身統一合氣道の五原則」である。 一、氣が出ている 二、相手の心を知る 三、相手の氣を尊ぶ 四、相手の立場に立つ 五、率先窮行 この「心身統一合氣道の五原則」の前提となるのが「心身統一の四大原則」なのであるが「四大原則」は基本的には植芝盛平の教えと矛盾しない。それを以下に見てみよう。 一、臍下の一点に心をしずめ統一する。 これは「天の浮橋(あめのうきはし)」とすることができる。「天の浮橋」は日本神話でイザナギ、イザナミが「天の沼矛(あめのぬぼこ)」を下して国土を作ることを言うのであるが、盛平はこれにより合気道の技が生まれるとする。そこに示されているのはイザナギ、イザナミは男女で「左右のむすび」、天の沼矛は天地で「上下のむすび」であり、これらが共にあることで「十字のむすび」となることである。この「十字のむすび」の中心点のひとつが「臍下丹田」となる。ただ合気道では臍下丹田(下丹田)だけではなく、ここを基本として胸の「中丹田」そして眉間の「上丹田」をも活性化させる。「中丹田」を使うのは日本の武術では珍しいかもしれないが、中国武術では軽身功としてよく用いられる。盛平も藤平光一も、技を掛ける時に軽く飛ぶような身法が見られるが、これは中丹田が活性化しているためである。盛平はこうした身法を源義経が壇ノ浦の戦いの時に船から船へ飛び移って奮戦をした「八艘飛び」の名をもって呼んでいた。 二、全身の力を完全に抜く。 これは「禊」である。またこれはイザナギが禊を行った場所が「小戸(おど)」であることから「小戸の神業」とされてもいる。「禊」とは浄化であり、これにより闘争心たる「穢」が浄化される。言うならば闘争心は心身の円滑な働きを阻害する「凝り」であり、それを「穢」とするわけで、こうした「穢」を「禊」によって浄化するわけである。そして、それによって人を始めとする宇宙の本来の働きである「和合」が実現される。つまり、この宇宙の根本原理としての「合気」を実現させるのが「禊」なのである。 三、身体の総ての部分の重みを、その最下部におく。 これは「三角体」とされるこ...