道徳武芸研究 「樸なる人」四番勝負〜「善意の愚者」の示すもの〜
道徳武芸研究 「樸なる人」四番勝負〜「善意の愚者」の示すもの〜
「樸なる人」とは老子の言う「無為自然」を実践している人である。つまり道と一体となっている人のことである。昔はこれを聖人と称されることもあった。当然「無為」の実践者であるから、その人は道を実践しているという意識はない。そうした意味において、こうした人物は「愚か」に見えることがある。そうした「樸なる人」が現れた時、そこに「真実」が示される。「真実」とは「道」でもある。
一番勝負 合気道の経験のあるプロデューサーと女優は、大学教授に紹介されて大東流の名人を訪れていた。名人氏は女性が居ると機嫌が良くなって、技をよく示すと言う。この時にも合気上げをやるとして、女優を前に座らせた(プロデューサーではなく!)。名人氏、両掌の指を上に向ける。女優は合気が掛かって全身が硬直して⋯とはならず、そのまま腕を上げるに留まった。右に崩そうとしても、右に体を曲げるだけ⋯ダンスで鍛えているので体が柔らかいのである。その夜、プロデューサーのところに「先生に恥をかかせた!」と大変な剣幕での電話があった、という。驚いたプロデューサー氏が「硬直」したのは遠隔合気であったのかもしれない。
二番勝負 テレビの収録現場。高名な空手家が筋肉隆々たる大男を相手にして「エア」アームレスリングを披露する。手を握りあって空手家が相手の腕を倒すと大男は腕を倒されるばかりではなく投げられてしまう。周りの演者は「わー凄い!」「え〜!!」などとお決まりの反応をする。この時、若い演者が「本当ですかあ!ぼくも押して良いですかあ!」と、押される気満々で前に出て来る。そして大男の手の甲に軽く掌を乗せる。空手家は前と同様に倒そうとするが、全く倒れない。若いタレントは、大男に「力入れてますかあ?!」とおどけたように言う。余りに手が動かないので大男は自分で倒れる。よく「大男総身に知恵が回りかね」と言うが、この時には大男の機転で収録が「没」にならずに済んだのであった。
三番勝負 台北で形意拳の大家が、武術の練習をしている「人物」を見つけて「何をやっているの?誰に就いてるの?」と聞いて来る。「自分はねえ、若い頃はケンカばかりやっていてね」「形なんかやっても使えないよ」「◯◯勁が使えないと⋯ね!」「ほら、こうして打って来たら⋯」と拳で打つ所作を示す。くだんの「人物」は、それを受ける所作をする。「ここで◯◯勁を使うと!」として突然、上段を攻撃して来る大家先生。思わず「人物」はそれを受けてしまう。「うっ!」⋯⋯「名刺をあげるからまた尋ねて来なさい」と大家先生はその場を後にする。近くで何時も裸足の健康法を指導している老人が寄って来て「ケンカはいけない。和平でないと」と語りかけて来る。全く警戒する気持ちのないところで思わず体が動いてしまったのは、和平なる気持ちでいることの効用であったのかもしれない。
四番勝負 特段の武術経験もないような高校生が大東流の達人を前にしている。「腕を取ってみて」言われるままに高校生は腕を持つ。達人先生は腕を返す。高校生はわずかに体を傾けて腕を返す。よく「ピーン!と空気が張り詰めて」という表現があるが、まさにその時、道場の空気は「ピーン!」という音を立てていたかのようであった。達人先生の伝説が武術経験もないような高校生に破られてしまったのか⋯と思われたのである。達人先生は高弟を呼んで腕をもたせる。腕を返すと高弟はもんどり打って投げられる。再び高校生に腕を取らせる。達人先生が腕を返すとゴロンと横に転んだ。なんとか達人伝説は崩壊を免れたのであった。
喜劇には愚者が登場するものがある。そして愚者は世の権威を打ち負かしてしまう。そうしたところに笑いが生まれる。これは常識が逆転することで起こる笑いである。この典型的なものに藤山寛美の松竹新喜劇があった。ここで紹介した「善意の愚者」は「善意の初心者」でもある。
およそ武術の技は「物理的な要素」と「心理的な要素」で構成されている。柔道やレスリングのような比較的「物理的な要素」の強い技であっても、技を掛ける時にタイミングが合わなければ完全な形で掛けることはできない。つまり技を掛ける時に前に出てくれないときれいに極めることは出来ないのである。こうしたタイミングを全く無視しているのが、ここに取り上げているような「善意の愚者」である。それは特に「心理的な要素」を重視する技の場合には顕著に出て来る。「名人技」が実は偽りであった、ということも多くあるわけである。
結局、武術の技として優れている技、学ぶべきは技とは、それがどれ位「普遍性」があるか、という点にあるのであろう。そうなると一般的な技が適当である、ということになる。普通のことを普通にやれば良いだけのことである。こうした理を中国では極意は「簡易」にあると教えている。
その意味では「現代武道」は最適ということになるかもしれないが、多くの人は「現代武道」に「本物」を感じず、「古武道」には「実戦性」に確信が持てないでいる。これは「現代武道」くらいの技を知っていれば攻防に充分である反面「古武道」には争いを起こさせない知恵があるためである。往々にして「古武道」に「実戦性」の疑問が持たれるのは、形稽古を中心とするためであろう。しかし「古武道」の目的は争って勝つことではないのである。ために試合を禁じたりして行わないことが多いのであるが、形稽古の実戦性は桜田門外の変で彦根藩で剣術に優れているとされていた河西良敬や永田正備が大いに活躍していることでも分かろう。この時代であるから彼らは形稽古中心の練習しかしていなかったことであろう。しかし実戦で有効な動きが出来たのは日頃から「動ける体」を作っていたからと思われる。
形稽古において攻撃は「応用」である。形稽古というシステムは相手の攻撃を回避する方法として構成されている。そのためには過度に闘争心を煽らないことが基本的に求められるのであり、その点でも形稽古が最も適してもいるということになる。剣術の形は相手を最後には打つことはない。打つ直前に止めている。ここに工夫がある。柔術でも投げたり、極めたりして、決して相手を殺傷する形で終わっては居ない。こうした形を長年、稽古することで争いを回避するための心身が養われることになる。しかし、こうしたシステムであるにもかかわらず、そこに無意味に実戦性を持ち込むと「矛盾」に陥ることになる。そして「矛盾」は「妄想」となって解消されてしまう。
そうした迷路に迷い込まないためにも「簡易」な技の価値を知るべく稽古するのが良かろう。「愚公山を移す」は楊露禅が孫の澄甫に教えたこととされる。太極拳はただひとつの套路を生涯練る。これは「樸なる人」となることの重要性を教える典型的なものであろう。