道徳武芸研究 なぜ八卦掌において武器は巨大化したのか〜大刀から点穴針、そして通臂功〜
道徳武芸研究 なぜ八卦掌において武器は巨大化したのか〜大刀から点穴針、そして通臂功〜
一部の八卦掌において武器(主として刀)の「巨大化」が生じている。そもそも八卦掌の源流である八卦拳には武器の巨大化は見られない。また『八卦拳真伝』(董海川ー程廷華ー孫錫コン)や『八卦剣学』(董海川ー程廷華ー孫禄堂)などでも、特段の巨大化は生じていないようである。こうしたところからしても、八卦掌における大きな武器の登場は極めて限られたところから生じているように思われる。一方で点穴針(上元筆)などの小型の暗器も、八卦掌の特色としてよく知られている。こうした武器は暗器と称され暗殺用とされていたりもする。また佐助器と呼ばれることもある。暗器とは「見えないくらい小さな武器」の意であり、佐助器は「威力を加味するための武器」のことである。つまり、威力を加味する武器の中で小型のものが暗器ということになる。ちなみに大きな佐助器には盾(盾牌)などもある。これらも八卦拳ではこうした武器は主要なカリキュラムとしては組み込まれてはいない。また本来的にも暗器や佐助器は、威力を増すためのものであるので通常の套路をして使うのが原則で別に套路を編むということはしない。ちなみに、こうした武器を応用として使うには日頃から慣れておく必要がある。
八卦掌において大刀や点穴針などが、特別な套路を持ちカリキュラムの中に取り入れれているのは見るべきであろうが、一見して相反するような大きな武器と小さな武器が併存しているのは、つまるところは八卦掌の特色である梢節(掌)を使うことと関係している。一般的な拳術では根節(肩)が攻撃力を出す基本となる。こうした攻撃を尺勁という。一方で梢節を使うのが寸勁である。寸勁に比べて尺勁の方が力が大きいのは当然であるが、それならどうしてあえて梢節を用いるか、というと、それは攻撃を確実に当てるためである。尺勁では腰から発した力を「肩」に溜めて発するのであるが、寸勁では「肩」の溜めを使うことなくストレートに力を掌まで届ける。これにより攻撃力は弱いものの速い動きが可能となって第一撃を確実に相手に当てることができるようになる。これは日本の武術の当身でも、そうなのであるが弱い当てでも「瞬間、動きを止める」ことができれば、その間に有効な攻撃が加えられると考えるわけである。こうしたことを行うには通臂功が練られなければならない。
本来、八卦拳は「八卦掌」と「羅漢拳」で構成されている。「八卦掌」では気を養い、「羅漢拳」で発勁など攻防の力を得るようになっている。そうであるから梢節を使うための通臂功も羅漢拳で練ることができる。ちなみに「羅漢拳」は「通臂羅漢拳」と称する。一般的な運動で通臂功を言うなら「力を抜いてものを投げる時」と形容することができようか。この時に腕の重さと、その遠心力を使って打てば力が増す。これは乾いたタオルで相手を打っても何らの力も生じないが、濡れていれば重さがあるので一定の力が生まれるのと同じである。通臂功を得るには肩、肘、手首を柔らかくして力が掌まで伸びるような身法を会得しなければならない。そのためには攻撃点を掌の更に先に設けることで、そうした力の勢いの伸びを生じさせることができるようになる。こうした感覚を得るのに大刀などが有利に使えるわけである。一部の八卦掌で大刀が用いられるようになったのは失われた「羅漢拳」を補うためであったとすることができる。
また点穴針などは梢節が使えないための補助であろう。通臂功ができていなければ、充分な「当身」としての効果が得られない。そのため武器を使うことも考えられたと思われる。こうして見ると大刀も点穴針も共に八卦拳・八卦掌の特徴である梢節を使うこと、通臂功と関係していることが分かる。こうしたことの他に通臂功の問題を解決する方法としては六十四掌などの「羅漢拳」に代わる套路も考案されている。また七星悍なども梢節を使う練法であった。七星悍は竹の中に水銀が入っていて、それで突いたり、打ったりすると、水銀が先へと移動して勢いがつくようになっている。七星悍は本来は宮廷の刑具であったともされる。これで打つと容易に勢いが生じるので、あまり力を使わなくても、相手に苦痛を与えることができたであろう。現在、八卦掌では本来の七星悍ではなく棒を使っているようである。それでは通臂功の練習としての効果は半減するであろうが、多くは単なる棒術として理解されている。
最後に通臂功を得るために大刀のような重い武器は有効か、について触れておけば、急速な加速を得るための通臂功では「軽霊」という語もあるように軽さがなければならない。大刀を使えば筋力は付くので始めの内は速く動くことができるようになるが、ある段階からは筋力がかえって加速の邪魔となる。これが大刀が八卦掌内でもあまり広まらない理由であろう。あくまで八卦掌・八卦拳における通臂功は「羅漢拳」のようなもの(六十四掌など)で得るのが妥当であると思われる。