道徳武芸研究 金陵八卦掌故事(4) 「正宗」少林拳としての八卦掌〜少林破壁伝説と行歩功〜
道徳武芸研究 金陵八卦掌故事(4) 「正宗」少林拳としての八卦掌〜少林破壁伝説と行歩功〜
『少林破壁』(閻徳華)はかつては『八卦掌図説』として出版されていた。内容は八卦掌の対打で独特の絵も味わいが深い。一般には『少林破壁』つまり少林寺と八卦掌の用法とが、どのような関係にあるのか分からないので、かつては『八卦掌図説』としていたものと思われる。八卦掌の用法が『少林破壁』とされているのは、この教えが少林寺の壁の仲から得られた文献によるものとする意味が込められている。ただ八卦掌そのものには、少林寺に由来するような伝説はない。一方、形意拳には岳飛が記した「内経(武穆王拳譜)」を姫際可が少林寺の壁の中から発見して形意拳を編んだとされている。
こうした考え方が中国に広まるのは、恐らくはチベット仏教が中国本土に広まる清朝あたりではないかと思われる。チベットには埋納経(テルマ)なるものが山の中に埋めてあって、時のよろしきを得たならそれが発見される、という伝説がある。余談であるが浄土信仰の盛んであった平安時代には吉野の金峰山に経文を埋めて、弥勒仏がこの世に現れた時まで仏の教えを残そうと、金銅製の筒などに写経を入れて埋める人が少なくなかった。それが現在、いくつか見つかっているが藤原道長の納めたものも発見されている。これなどは「埋納経」(?)が現実に発見された例である、とすることができるかもしれない。
さて、どこに八卦掌と少林寺を結びつけるものがあるのか、ということであるが、そのイメージの根拠となっているのは「行歩功」である。「行歩功」とは、八卦掌における中核となる練法である走圏に入る前の基礎功で、これには「静功」と「動功」とがある。姿勢は同じで、両掌を胸の前で指先を向かい合わせる形にして置くのであるが、これは大体、禅宗の経行と同じである(禅宗では両手を組み合わせる叉手となる)。この姿勢で「静功」であれば数分から数十分その状態を保つわけである。「動功」は足裏を地面から余り離さないようにして(上げるのは3センチ以内)、200メートルを2時間ほど掛けて歩くことになっている。200メートルであれば300歩くらいになるので、数分で一歩を進めるくらいになるであろうか。そうなれば常に動いているというより「静功の姿勢でしばらく静止して動く」を繰り返すことになろう。これは形意拳の三体式と同じである。三体式は暫く構えの姿勢を取って一歩を進めることを繰り返して行う。
これと似ているのは禅宗の経行(きんひん)である。経行は釈迦の時代からあるもので瞑想の間に体を休めるものであったようであるが後には「歩行禅」などとして、それ自体もひとつの行法とされるようになった。特に東南アジアなどの禅宗では「歩行禅」が少なくないウエイトを占めているようである。日本では曹洞宗がゆっくり歩き、臨済宗では禅堂の周りを小走りするようにして巡る。これを行歩功の視点からすれば曹洞宗の経行は形意拳の三体式に似ているし、臨済宗のものは八卦掌そのものともいえる。つまり「少林破壁」伝説では経行から武術が生まれたと考えるわけで、行歩功から形意拳や八卦掌が派生したと考えるのである。ちなみに八卦拳では馬歩の姿勢のまま真っ直ぐ歩く功法があるが、これは特にゆっくり歩くことはしない。
形意拳では経行から三体式、そしてもし少林寺に五獣拳があったとすれば、五獣拳は龍、蛇拳、虎拳、鶴拳、豹なので、鶴と豹以外は形意拳の十二形拳の中に見ることができる。また八卦拳の羅漢拳も少林寺には「羅漢拳壁画」とされるものがあり達磨は十八羅漢手を伝えたともされているから、ここにも少林寺の「影」が見られるのである。突然に達磨が中国風な武術を伝えたと考えるより経行が変化して武術となったとする方がある意味では合理的といえるのかもしれない。経行から行歩功、そして三体式、馬歩(活歩)などから形意拳、八卦拳が生まれたとするのが「少林破壁」伝説である。
付論 行歩功 四字訣「慢、穏、整、沈」
「慢、穏、整、沈」は「動功」の時の秘訣である。これは慢練というゆっくりとした練習の秘訣であり、慢練は初心者が動作を正確に学ぶ時にも用いられるが、ある程度の熟練者が足腰の鍛錬と意識の安定を得るために練ることもある。このように慢練は初心者から熟練者まで使える有効な練習方法であるため太極拳では専ら慢練を行っている。武術以外でも「あるく瞑想」としての経行においても、この拳訣は有用であろうと思われる。
「慢」は「ゆっくり」ということであるが、リラックスしているということでもある。つまり心身に滞りがないということである。単にスピードが遅ければ良いというものではない。不適切にゆっくり動こうとすると心身にストレスが生じて帰って逆効果になってしまう。
「穏」は「バランスが取れている」ということで、袁子府は「天秤」の例えを示している。体の中心軸を意識し、手足の位置に留意して安定した動きをすることが重要となる。
「整」は「全身の協調」ということである。これは「四平八穏」であることでもある、とされている。この語は一般的には「安定している」という意味であるが、武術では「四平」は「頭部が傾いていない」「肩が水平である」「腰が傾いていない」「膝が左右同じ高さにある」であるとされる。これは八卦掌では「四病」として特に注意しなければならないこととなっている。「八穏」は「八方位から押される力を感じてバランスが保たれている状態」ということで、太極拳ではこうした空間の圧力を感じながら動くことを「陸地の水泳」と例えている。力が発せられんとして、いまだ発せられていない状況である。これを太極拳では「整体力=全身力」という。
「沈」は沈身のことであるが、この時に姿勢を低くし過ぎて腰が後ろに引き過ぎないようにしなければならない、とされている。「沈」も単に姿勢を低くすれば沈身が得られるのではない。足腰の安定と全身の適度なリラックスがなければならないのである。
(袁子府『金陵八卦掌』「談談八卦掌的行歩功」より)