姚姫伝『老子章義』(第五十章から第五十五章)パラレルワールドと異界〜変容する意識〜
姚姫伝『老子章義』(第五十章から第五十五章)パラレルワールドと異界〜変容する意識〜
かつて秋津ー新秋津駅のあたりがパラレルワールドである、と話題になったことがある。「よく知っている道を歩いているつもりであったのが、全く見覚えのないところに着いた」というようなことがあるというのである。また「以前、行ったことのある店が、全く違う店になっていて、『何時、変わったのか』と聞いても『前から変わっていない』と答えられた」ということもあったように語られている。こうしたことをもって秋津ー新秋津駅の間にパラレルワールドがあるのではないか、とされたわけである。
ただ、これがパラレルワールドなのかは判然としない。パラレルワールドとは平行世界のことであるから、そこには「ある時点から別の生活をしているもう一人の自分」が居なければならない。秋津ー新秋津駅のあたりに「不思議な異空間」「異世界」が出現していると思われていたのではあるが、それは必ずしもパラレルワールドではなく「異空間」「異世界」であり、一般には「異界」とされるものと考えた方が良さそうなのである。「異界」に知らずに紛れ込んでしまった、というのは古く中国の「桃源郷」説話から始まり死者の住む「黄泉の国」、それに壺の中に仙界がある「壺中天」までにも広がっている。こうした多種多様な広がりが広い地域で見られるのは、それがある種の「実体験」であったためではなかろうか。
秋津ー新秋津駅で「異界」が認識されてしまうのは、あのあたりが農地から急速に発展した地域であることに起因していると思われる。これは二つの駅の中間あたりの菓子(ケーキ)店のところで道が不自然に折れ曲がっていることでも分かるように、その道は元は農道(あぜ道)であり、それがそのまま街の道となったので、移動線としての合理性を欠くような道になってしまっているのである。こうした特異な発展をして来ている所であるから、よく知っている道と思って、すぐ近くの別の道に入ると全く違うところに行き着くことにもなってしまうのである。また急速に発展している地域であるために店舗の入れ替わりも早いわけである。
こうした事情があっても、そこに「異界」があると思ってしまうのは「誤認」による意識の変容が生まれているからである。実際は何ら不思議なことはないのであるが、自分の見ている「事実」が思っていたことと異なる場合、自分が「誤認」していると思うか、あるいは強いて何らかの「合理的な理由」を求めようとする。後者のような場合に「異界」に迷い込んだ、とする理由付けが出てくるわけである。ただ前者であれば話題になることもなかろうが、後者のように思う人の考えがある程度、共感を得ると、そこに「異界」伝説が形作られて行くことになる。
これは仙界という「異界」に入るとされている話でも同じで、この世に仙界があるわけではなく、仙界はあくまで個々人の意識の中にあるのである。ある特殊な意識状態に入った時に「変性意識状態にある」と思えばそれだけのことであるが「何やら特別なところに入った」と思ってしまうと、ある場合には仙界に入ったようなビジョンを幻視してしまうことにもなるのである。おもしろいことに、この時に天書とされる仙道の秘伝書を見ることもあるが、その内容を覚えていることはできない、とされている。これは仙界のビジョンを見ている時には論理的な思考が働いていないことを表している為ではなかろうか。
おもしろいのは確かに意識の変容を促すような物や場所があることである。ただ、それが起こるのは「天、人、地」の条件が整った時だけである。「天」は時間、人はその人の心身の状態、地は場所や物で、こうした条件が揃えば変性意識状態に入ってしまう。これはこれで得難い体験であるが、あまりに、こうした楽しい幻想に執着し過ぎると、それに取り込まれてしまい心の統合が失われてしまうことにもなるので注意を要する。
「玄徳」とは「道による働(徳)きの根本」という意味で「玄」は「道」のことである。「道」が実践された状態を「徳」というわけであるが、我々が実際、見ることのできるのは「道」により生じている運動や働きのみである(徳のみ)。しかし、その根本には一定の法則たる「道」が存しているのである。
「襲常」は「常を重ねる」ということである。「常」の状態を継続させるということである。そうであれば災いに遭うこともないわけで「常」は「道」を体現した状態をいう。第三十二章には「道は常であり」とあって、「常」が「道」のことであることが示されている。また第二十八章では「常徳を離れることがなければ、また嬰児に復することができる」とある。「常徳」は「道」と一体である行為のことをいう。つまり「道」と一体となって生きていれば自ずから「嬰児=道」そのものへと還えることができると教えている。「常徳」は「玄徳」と同じである。
「盗夸(とうこ)」は「盗み誇る」ことで華美な生活をするのは「他人を収奪する行為」であり、それを誇っている愚かさを示すものでもある。こうしたことは「道」に外れるものであることは言うまでもあるまい。
姚姫伝『老子章義』(【 】の部分が姚姫伝の注)
人は生まれて死ぬわけであるが、そうした中で「死」にとらわれる人が三分である。どうしてか。それは「生」への執着が強いからである。聞くところによれば、よく生き残ることのできる人であれば、(理の当然として)歩いていても凶暴な虎に出会うことはないし、軍隊に入れられても前線に出されることはない。サイもその角で刺すことはできないし、虎もその爪を置くところを知らない。兵も刀刃を入れるところが無い、とされる。どうしてか。それは死ぬべき状況がないからである。
道はあるものであり、徳は積まれるものである。物は形を持っており、勢いは動いているものである。そうであるからあらゆる物は(理としての)道に依っているし、(理が動いた結果としての)徳を離れることはない。道は重んじられ、徳は貴ばれるが、それは、そのように決められているわけではなく、ただ自然にそうなっているだけのことである。そうであるから道はあるものである。それは積まれるものであることもあり、大切にされるものであることもあり、育むものであることもあり、整えるものであることもあり、害するものであることもあり、養うものであることもあり、損なうものであることもあるわけである。(こうしたいろいろな働きを持つ)道はあるのであるが、(道は働きの理であるから)それ自体を見ることはできない。道は働いているが、それ自体を使うことはできない。道の働きは大きいが、何かがそれを理として働くことはない。そうしたことを「玄徳」という。
天下には始まりがある。これを「天下の母」とする。ここに「天下の母」があるとするならば、その「子」もあるであろう。「子」があれば「母」は、それを守るであろう。そうなれば死の危うさもないことであろう。通り道を閉じて、門を閉めていれば生涯、苦しむことはないであろう。通り道を開いて、何かを行ったならば生涯、他から守られることはないであろう。小さいものを見ても明らかであり、柔らかくあっても、それが強いと言われる。光を用いれば、それは明るさとなる。身に災いがないことを「襲常」という。これを思っていると分かることがある。それは大いなる道を行うことであり、それはただ「畏」みを行うということなのである。
【「行う」とは通路を閉じないことであり、我が身に災いを残さないということである】
大いなる道は、穏やかであり、民はその道を行くことを好むものである。朝によく雑草を抜いたならば、田に雑草はなくなるであろう。服のデザインが美しく、(高い位を得て)剣を帯して、充分な飲食をして、財産にも余りがある程であるのは、これを「盗夸(とうこ)」と謂う。
【韓非子は「盗竿(とうかん)」としている。古い時代のことは伝わっている間に間違いが生じやすい。「盗竿」は「竿を盗む」ということであるから、それでは意味が取れない】
これをどうして道ということができるであろうか。
完全なる建築では、(地震などがあっても)その柱が抜けるようなことはない。完全に抱きつくことができるならば、それを脱することはできない。子孫は先祖の祭りを軽視することはない。
身を修めるにおいては「徳」があるべきであろう。家を修めるのも「徳」の一部である。社会を修めるには「徳」の延長である。国を修めるには「徳」を豊かにして行けば良いのである。天下を修めるには「徳」を普遍化すれば良いのである。身は身で完結しているのであり、家は家で、社会は社会で、国は国で、天下は天下で完結している。どうして天下が天下であるのか、を知ることができるであろうか。ただ(多くの国がある天下は天下であるという)現状が分かるだけであり、それに対応することができるに過ぎないのである。