宋常星『太上道徳経講義』(57ー5)
宋常星『太上道徳経講義』(57ー5)
私はどうしてこれを知っているのか。それは、
ここでは、これまでのまとめをしようとしている。それは「正」をして国を治めることであり、「奇」をして兵を用いること、「無地」をして天下を取ることであって、これらは全て「無為の正」であり、有為の作為ではない。老子はどうしてこうしたことが分かったのであろうか。それは無為を行うことによって分かるわけである。そうしたことを老子は明らかにしようとしている。
〈奥義伝開〉以下に老子は「無事=無為」とは、どういったことなのかを教えている。それは老子が身近に経験したと思われる事例によって示される。そしてそれが国家や天下に敷衍されて適用が促されている。つまり老子が重視しているのは、あくまで「国家」より「社会=天下」であり、それは「天下=民」でもあるのである。「国」も「天下」も「民」の集合体である。現代では「主権在民」といわれるが、これは実際には民主主義国家においても、共産主義、社会主義国家であっても実現されてはいない。どうしても権力が一部に固定されることを避けることはできないでいる。老子は意識改革が必要であるとするが、多くの人にそうした意識の覚醒の時が来るのかどうかは分からない。