道徳武芸研究 植芝盛平の神秘体験(7)
道徳武芸研究 植芝盛平の神秘体験(7)
「霊能力」が万有愛護の実践によって開かれるならば、大東流のような「武術」の修行はそれを阻害するものともなりかねない。しかし、武術好きな盛平はそれを捨てることもできない。また「霊的な能力」を得て、それを武術において発揮したい、そうした欲望が盛平にはあった。ここに絶対的な矛盾が生まれることになる。加えて大本教に居た頃に伝授されたものの中に大東流の「合気之術」があった。「合気」つまり「気を合わせる」とする言葉の中には殺傷技術としての武術ではなく「万有愛護」を武術と矛盾なくつなぐものがあるのではないか、そう盛平は考えたのかもしれない。こうした中で武田惣角が「高度な技」として巧みな関節技を教えようとすればする程、盛平の心は大東流から離れて行ったようである。そして晩年は大東流の技は「気型」であるとして、その武術的な意味合いをできるだけ希薄化しようと試みたのであった。