丹道逍遥 文始派秘訣「帰一」
丹道逍遥 文始派秘訣「帰一」
「帰一」は「万教帰一」と同じような意味で、あらゆる教えは文始派に帰するとするものである。つまり老子が中国で説いたのが道教で、インドに行って教えたのが仏教であったとした上で、道教と仏教の源流となるものを老子は函谷関で関尹子に説いたとするのである。これは架空の説ではあるが中国仏教は道教の影響を受けて中国化しており、その最たるものが禅宗であった。また宋代になると儒教も道教の影響を受けて新儒教(朱子学)が生まれる。その意味で「道教」の根源にあるものを知ることの重要性を文始派は説いているわけである。これは日本の仏教が神道の影響を受けて「祈り」の教えとなったのと同じであり、そうした「神道」を縄文時代に淵源する「古神道」とするのも同様の考え方によっている。それは教義を越えたところの精神文化的な風土感というべきものかもしれない。
文始派では、そうした道教、仏教の奥にある「真の教え」を追究している。
例えば「回光返照」は、仏教では仏性を光として、それによって自己の内面を照らす(見つめる)ことであるとする。一方、道教では光を陽気として、それを巡らせる小周天のこととする。文始派では、目を閉じて坐ることをいう。この場合の光は意識のことで、それを外に向けないで内に返すこととするわけである。こうした文始派の解釈と仏教、道教の教えは根本的には自己の内面を見つめる瞑想をする、という点では一致しているのであるが、仏性であるとか、陽気などが介入することがないのが文始派の特徴といえるわけで、結果として仏教も道教も否定するものではない。ただ、それらに共通するさらに奥深い視座のあることを示しているのである。あらゆる教えを否定せず、その奥義が語られるということが「帰一」の考え方である。
また「虚室生白」は、仏教では「空(=虚)でなれば他のものを受け入れることはできない」とされていて、他にも「通底打破(桶の底を抜く)」というような言い方もされる。これも「空」となれということである。一方、道教では陽光が現れることをいうとする教えがある。瞑想をしていてある段階を越えると陽気の光(陽光)が幻視される。これをいうとする説である。文始派では「虚」が感得されると意識が「白」となると教える。つまり思い込みのリセットが可能となる、ということである。この語の出ているのは『荘子』であり、そこでは「虚室生白、吉祥止止」とある。これは「吉祥、止(とど)まるところに止(とど)まる」として吉祥が得られることえを述べているとするが、文始派的に解釈すれば「吉祥の止(とど)まるを止(や)む」となる。つまり「吉祥」事と思っていたことを改めて「本当に吉祥事であったのか」と問い直すということである。
文始派は、あらゆる教えを拒否しない。全てを受け入れるのであるが、どれにも執着することがない。あくまで自己の内面を見つめるための参考とするに過ぎない。これが「帰一」であり「一」とは自分自身なのである。
「文始真経」
(四)
関尹子が言われた。
「道」そのものを知ることのできる人は居ない。
聖人は道というものを知ることはない。
ある者は「これが道である」と言う。
また、ある者は「あれは道ではない」と言っている。
実際のところ「道」は限定的に説明できるものではない。
そうであるから聖人は「道」を知ろうとはしない。
しかし聖人は「道」を実践している。
つまりは「道」として限定し得るものはないわけであるから、
「道」そのものを知ることもできないわけである。
聖人は「道」を知ることがないからこそ「道」を実践できているのである。
(五)
関尹子が言われた。
「道」は特別なものではない。
易占では覆い隠されたものを当てるようなことも行われる。
(しかし「道」を知るとは、そうした特別なことではない)
高価なものとしては金や玉がある。
ある程度、高価なものとしては角や羽がある。
安価なものには瓦や石がある。
これは誰でも知っていることであるが、
「道」を知るとはこうした当然のことを知っているのと同じなのである。
(六)
関尹子が言われた。
焼き物を作る「道=方法」を知っていれば、どんな焼き物も作ることができるであろう。
しかし、それはそれぞれの作り方を、それぞれで知っているからではない。
(焼き物を作る方法はどのような形でも同じである)
いろな焼き物の形によって作り方を変えても、それはどれも中途半端になってしまうであろう。
「道」を知っている者は、どのような焼き物を作っても、作り方は同じである。
いろいろな「道」なるものの説明を知ろうとする者は「道」の本質をかえって掴み難くなっている。