道徳武芸研究 形意拳「横勁」考〜相生拳、相尅拳を中心に〜
道徳武芸研究 形意拳「横勁」考〜相生拳、相尅拳を中心に〜
形意拳の「横勁」は李農然が考案したものであり、これにより心意拳の上下の動きに横の動きが加わって「球」の動きが可能となった。それを象徴するのが三体式である。また、この「横勁」は八卦拳が取り入れられることで更に発展させられて「滾勁」と称されるようになる。一方、相生拳、相尅拳は対打の形で相生拳で一通りの動きを習得してから相尅拳で相手を付けて練習をする。ここでは相生拳や相尅拳の中でどのように「横勁」が働いているかを考察しようとしている。
相生拳は五行の相生論によって五行拳を繋いでいるもので、
劈(金)から鑚(水)金生水
鑚(水)から崩(木)水生木
崩(木)から砲(火)木生火
砲(火)から横(土)火生土
という順になる。こうして見ると相生拳は単に「劈、鑚、崩、砲、横」と五行拳を連続して繋いでいるだけのように思われるかもしれないが、これらを「繋ぐ」ものとして「束(束身)」のあることが注意されなければならない。つまり「束」はおおよそ以下のように働くことになる。
劈拳(束)鑚拳の「束」には「相手の攻撃を掌で捉えて斜め横へ落とす」働きがある。
鑚拳(束)崩拳の「束」には「相手の攻撃を拳で捉えて斜め横へ落とす」働きがある。
崩拳(束)砲拳の「束」には「相手を掴んで斜め上へと崩す」働きがある。
砲拳(束)横拳の「束」には「右手で相手を掴んで左下に崩すと(それと同時に右拳で相手の脇腹を打つ。反対もある)」働きがある。
つまり「束」があることによって、相手を捕捉することで動きの連続する相生の関係が作られて行くのである。「束」で働いているのは「横勁」である。そしてこの「横勁」を練るのが三体式なのである。形意拳は三体式が見出されることで相手を補足して攻撃をすることができるようになった。こうした技術開発があった為に他の拳術と比べて技術的に一段高いレベルに達することが可能となったのである(ちなみに相生拳では「斜め」に相手を誘導して、その攻撃・防御ラインを開けるわけであるが、この時に「横勁」が用いられている)。
こうして詳細を見ると相生拳の「相生」は単なる五行の相生ではなく、あくまで「束」つまり「土」から五行拳が派生して来るというシステムであることが分かる。これは本来の五行思想ではない。易と一体化した「土」を変化の起点とする考え方による。これが最も典型的に表されているのが四季の変化である。四季はその変化の間に「土用(土)」が設けられている。こうした考え方は易の四象と五行がひとつとなることで生み出された。中国人は「真理の普遍性」を重視するので五行も四象も同じでなければならないと考えたのである。そして通常の五行思想では「土」が体系の中に入らないので、それを「変化」を示すものとしたのである。四象は「陽陽、陰陽、陰陰、陽陰」と変化する。これを四季で言えば「陽陽(夏)、陰陽(秋)、陰陰(冬)、陽陰(春)」となる。五行では「火(夏)、金(秋)、水(冬)、木(春)」である。形意拳の五行は相生、相尅の本来の五行思想よりも、こうした易の影響を受けた体系によっている部分もある。こうしたこともあって「横拳は形がない」などといわれるのである。横拳は三体式と同じく「横勁=束」を練るものである。
また相尅拳は五行の相尅論による対打である。
(甲)崩←劈(乙)金尅木(斧など金属のものは木を伐ることができる)
(乙)劈←砲(甲)火尅金(火は金を溶かす)
(甲)砲←鑚(乙)水尅火(水は火を消す)
(乙)鑚←横(甲)土尅水(土は水を堰き止める)
これを一人の套路で行う時には「劈、鑚、崩、砲、横」と続くので相生拳となる。もちろん相尅拳でも「横勁」を使って変化をする。
王向斉には鶴拳との深い交流が指摘されている。それは解鉄夫、金招峰、方洽中との交流であり、必ずしも王は優位に戦ったとはされていない。こうした意拳に大きな影響を与えたとされる鶴拳であるが、現在の意拳にそうした鶴拳の痕跡を見ることはできない。それは意拳で言われるところの「鶴拳」とは形意拳の「横勁」のことに他ならないからである。鶴拳は「三戦」に見られるように両手を鶴の羽根に見立ててそれを横に広げることで相手の攻撃を受ける。こうした鶴拳と形意拳の共通性の中から鶴拳と意拳との関係性が説かれるようになったものと思われる。
ちなみに鶴拳と形意拳の「横勁」の使い方の違いは間合いにある。鶴拳があくまで一般的な攻防の間合いで「横勁」を使うのに対して形意拳では、それより少し遠い位置で用いる。しかし、それでは攻撃が出来ないので跟歩という特別な歩法を用いて遠い間合いを一気に詰める。ただ三体式では「横勁」の基本を練るので跟歩を用いない。跟歩が使われるのは五行拳からであり、この段階で実戦が想定されることになる。