道徳武芸研究 八卦掌その不都合な真実〜董海川の練功法を考える〜

 道徳武芸研究 八卦掌その不都合な真実〜董海川の練功法を考える〜

八卦掌には疑問を持たざるを得ない点がある。それは円周を巡る時の歩法と身形である。走圏は扣歩、擺歩を練るためのものであるのにも係わらず扣歩しかないこと、また走圏の時の姿勢は全て単換掌の変形であるにも係わらず、そうなっていない点である。こうした誤謬が八卦掌各派で統一性を欠く身形を生産してしまった原因ではなかったかと思うのである。ただ、そこには「誤謬」が生まれる原因もあったわけで、そうしたことを考えることで分からなくなっていた董海川の教えの実際も見えて来ると思われるのである。

つまり、それは本来は直線を前提とした歩法や身形ではなかったかということである。円周上を歩くには矛盾した形がどうして生まれ、伝えられて来たのか、を考えた時にそれらが八卦掌を習得する場合の基礎的な功を養う上で極めて有益であることからすれば套路とは別に考えられた功法の名残りではないかと推測し得るのである。


先ず身形であるが、およそ円周を巡ろうとするのであれば、体の片方に重心を傾けていなければ回る勢いは生じない。体の前に重心を置けば前に進んでしまう。通常の武術で両腕を前にして使うのは勢いの観点からすれば「重心を前に置いている」ということが可能なのであり、何時でも相手に向かって行くことのできる態勢であるということになる。一方で重心を体横に置く形は八卦掌では単換掌に典型的に表れている。八卦掌の基本であり根本でもある八母掌は単換掌の変形なのである。しかし、八卦掌の一部には左右対象に腕を開く形もある。こうした形が何故生まれたのか。ここでは孫派の八卦掌を例にして考察を加えて行くことにする。孫派の八掌は八母掌といわれるもの(老八掌とも)である。他に八卦掌では八大掌という套路を持つ系統も多い。八大掌は走圏時には単換掌の構えで左右の方向を換える時に攻防の動きが加えられている。こうした構成からしても走圏の時には単換掌の構えが基本であることが構造上からも分かるわけである。

孫派では龍形と猴形が左右均等な身形で、龍形では両腕を左右に伸ばした「青龍飛昇」、猴形では胸の前で合わせた「白猿献果」がある。ちなみに孫派を受け継いだ中央国術館の龍形八卦掌では、こうした矛盾を解消するために「青龍飛昇」は大鵬展翅に取り入れられて、そこでは左右の腕を斜めにすることで円周を巡る勢いが生じる形になっている。また「白猿献果」はそれで円周を巡ることはせず、獅子繍毬と合わせて獅子繍毬で円周を巡っている。つまり左右均等に腕を開くことの矛盾を龍形では認識していたことが、これで分かるのである。

実はこれらの形は直線上を歩いて八卦掌の基本を練る形なのである。実際に八卦掌の基礎功には「青龍飛昇」や「白猿献果」の形で直線上を歩く練法がある(他に両腕を高く上げる托天掌や臍の前あたりで両掌の指先を合わせる漂木掌などもある)。これらは体を開くことを目的としている。円周を歩いて体をねじると体のいろいろなところにストレッチが掛かけられて複雑な力の蓄発を生じさせることができるのであるが、その全段階として体を開いて気血の流れを円滑にしておく必要があり、そのために直線での練法がある。

例えば托天掌は、両掌を向かい合わせて頭上高く上げるが、これは両腕で上半身を引き上げることで腰の沈みを生じさせることを目的とする。これにより「沈身」の功が練られる。

また「青龍飛昇」(この形を托天掌、托天勢とする派もある)は肩甲骨を左右に開くもので、これにより発勁の時に背中を使って力を出す含胸背抜を可能にする。この練法はひじょうに重要で通背功とも称される。含胸背抜を行うには先ずは胸が開いていなければならない。胸の開合が大きく行われれば行われる程、勁を強く発することが可能となる。

そして漂木掌では腕の連携(肩、臂、手首)を作り上げる。これは構えの基本となるもので通臂功とも称される。円周を歩く時に肩から指先まで力が通る形ができていなければ、円周を使って複雑な力の変化を練ることはできない。

白猿献実は体の前に手を置くことで歩法が後ろ足によって進められるのではなく、腕の重さによることを会得する。歩法の秘訣である「平起平落」はこうした身法・手法によって歩法の勢いを得ることを教えている(つまり後足の蹴り込みを使わないということ)。

このように八卦掌では直線上を歩くことで基本となる体を養って行き、それがある程度できたところで円周を用いた複雑な練法へと進むのである。


八卦掌ではショウ泥歩を用いるが、ショウは「足に尚」の字を使う派もあれば「走に尚」の派もある。これらは共に「歩く」という意である。ただ「尚」は「高くする」ということであるので、これが「泥」と組み合わされていることからすれば「泥地を歩く」というニュアンスを読み取ることができる。ぬかるんだところを歩くには足を挙げて歩かなければならない。つまりこれは鶴行歩を表していると解されることになるのである。一方で八卦掌のショウ泥歩では足を上げないで地面を滑らせるようにする。こうした歩法は鶴行歩に比べて「沈身」を得るのに適している。鶴行歩は重心が浮きやすい。浮きやすいから腿法の変化も容易となる。

また八卦掌の歩法の多くは内側は真っ直ぐに進めて、外側だけを扣歩にすることで円周上を歩いている。この歩法は内側の足で推進力を得て、外側の扣歩で変化を可能とする形である。しかしこれでは直線と円周が混在していて複雑な変化をすることはできない。やはり八卦拳のように内側は擺歩、外側を扣歩にしなければ円周を歩いて得られる動きの勢いも途切れてしまうことになる。こうしたことからすれば八卦掌のような歩法は本来は直線を歩くものではなかったか、と思われるのである。それは先に説明した「青龍飛翔昇」や「白猿献果」などのような身形で直線を歩き体を開く形があったこととも共通している。


つまり本来は直線で練るべき功法がいつの間にか円周上のものとして組み入れられている事実がこうしたところから伺えるのである。時代的には孫禄堂の頃には、その真伝が失われつつあったようなので、これは孫禄堂の直接の師である程廷華とするよりは、その前の董海川が何らかの形で伝えたものが残っていて、誤伝されたという可能性は否定できないのではなかろうか。ただ誤伝であっても、それをあるべき形にして練習をすれば有益な教えとして受け取ることが可能となるのである。


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