道徳武芸研究 「発勁」夢想〜太古の武芸「手搏(しゅばく)」へ〜
道徳武芸研究 「発勁」夢想〜太古の武芸「手搏(しゅばく)」へ〜
今から40年くらい前、中国武術が本格的に日本に紹介され始めた頃に注目されたのが「発勁」であった。この場合の「発勁」は数センチくらいの距離から相手を打つ「寸勁」と称されるものである。当然、相手を打ってダメージを与えるには加速を付けるための「距離」が居る。それが殆ど必要ないというのであるから、それをもって中国武術の優秀性の象徴とされたのであった。ただ寸勁を基本とするのは太極拳や形意拳、八卦拳などで、少林拳は北派でも南派でも尺勁がベースであって、これはボクシングや空手と何ら変わりはない。あるいは寸勁を使う武術が尺勁を使うものに比べて優れているか、というとそうでもなく、多くの少林拳は今でも広く練習されている。つまり武術として優劣があるわけではない、ということなのであるが、ではどうして寸勁をベースとするような武術が生まれたのかというと、それは太古の武術である「手搏」が受け継がれたのではないかと思うのである。
寸勁をベースとする武術は一般的な尺勁をベースとする武術、つまり拳術とは違ったシステムつまり組討系に属しているのではないかと考えるわけである。一般に「発勁」には「尺」「寸」「分」の違いがあるとされる。「尺勁」は既に述べたような一般的な拳術の打ち方で、「寸勁」は数センチの距離で打つもの、そして「分勁」はほぼ触れた状態から勁を発するとされる。尺勁で打てば物理的な破壊力は大きくなる。一方、分勁では物理的な破壊力は小さい。しかし予期していない時に攻撃を受けるので精神的なダメージは大きくなる。柔術の当身ではこうして精神的なダメージを与えて動揺させて投げようとする。人は精神が正常に働かなければ、適切に動くことはできない。こうした精神の働きの重要性に基づくシステムにおいて寸勁や分勁があるわけである。同様の力の出し方は相撲の「鉄砲」においても見ることができる。この力の出し方が「張り手」や「ぶちかまし」に応用される。相撲でもこうした打撃系の技は投げにつなぐために用いられる。特に相撲が興味深いのはこうした打撃系の技の力の源泉が拳術系のような腕を伸ばすことではなく「体当たり」にあることである。
太極拳でも「体当たり」はひじょうに重視しており「文人拳」と称される鄭子太極拳でも、よく練習する。もちろん形意拳でも八卦拳でも、こうした練習はあるし、八極拳でも知られている。つまり太極拳や形意拳、八卦拳などの打ち方は拳術的な力の出し方ではなく、相撲的であるということである。その基本となるのは「体当たり」で、結果として体を移動する過程において掌で相手に当たれば掌打となり、拳で当たれば拳打となるわけである。このためには体重の移動が欠かせない。腕を勢いよく出す代わりに歩法の勢いを使うわけである。おもしろいことに八卦拳は八卦掌として普及して行く中で「投げ技」の体系として捉えられるようになった。これは一般に「拳術」としてカテゴライズされる中に違ったシステムによるもの、つまり組討系のものが含まれていることを明示している。拳術のひとつと見なされていた八卦掌が投げ技とされたのは、あるいは本来の組討系への「先祖返り」をしたと言えるのかもしれない。また太極拳も蒙古相撲を伝える呉家では呉家太極拳として「投げ技」を重視する体系が編まれることになる。これも太極拳の「先祖返り」のひとつとすることができるのかもしれない。
思うに太古の手搏は投げや打ち、それに導引的なものを含んでいたのであろう。それが時代と共に専門分化して行って拳術となり中国相撲(シュワイジャオ)となり、導引・気功となって行ったものと思われる。太極拳や形意拳、八卦拳などは、そうした太古の手搏の系統につらなるものではないかと思われるのであり、こうした太古の手搏の様子は日本での大麻の蹴速や野見宿禰の伝説、あるいは韓国で発見された「手搏図」においてうかがうことができる。太古の「手搏」は効率化という視点から拳術、組討、導引と専門分化されて行く中で忘れ去られ密かに秘境的な集団の中で受け継がれて来た。それが近代になって拳術の実戦性が失われると共に再発見されたのもおもしろいところであろう。そして現在、こうした未文化の体系は心身を総合的に開発して行く上で実に有益なものであることが知られるようになったのである。