道徳武芸研究 通臂拳は内家拳なのか〜「丹気門」少考〜

 道徳武芸研究 通臂拳は内家拳なのか〜「丹気門」少考〜

今では内家拳、外家拳という区分を用いることは少なくなって来ているようにも思うが、内的な心身の働きを重視する武術を内家拳と称している。これには太極拳や形意拳、八卦拳などがある。一方の外家拳は少林拳一般をいう。ただ秘宗拳の長拳などはゆっくりした内功の形なので、秘宗拳は外家拳なのか内家拳なのか判然としないところもある。こうしていろいろな門派の拳術の詳細が知られるようになればなるほど内家拳、外家拳と簡単に分類できないことが分かったので昨今はこうした区別が為されなくなっているわけである。通臂拳も内家拳とする見方もある拳術である。ここでは、どこに通臂拳(通背拳)が内功を重視する太極拳と同じカテゴリーと見なされる要因があるのかを考えて行きたい。


先ずは通臂拳のシステムを張志通の「五行通臂拳と外丹功説」(『外丹功革新版増補本』)によって概観しておこう。張は五行通臂拳において基礎功は套路を練る前に行わなければならないもので、それが充分でなければ套路は「砂上の楼閣」となると指摘しており、それには以下の十種類があるという。張は実際の稽古の様子も記しているので併せて紹介しておこう。

1、縮骨門

2、揺根門

3、活根門

4、活骨門

5、法根門

6、気力門

7、技巧門

8、丹気門

9、軽霊門

10、操手門

この中で「縮骨門」と「軽霊門」は清朝末期に世の中が乱れたので伝えられなくなったとして、張も「伝えられるところによれば」と記しているので、実際には「縮骨門」や「軽霊門」は学んでいないようである。「縮骨門」は六歳から始めて十二歳で成就する。この功がなると全身が「綿」のように柔らかくなるとされている。そして小さな穴でも通ることができるようになるという。これは肩関節を外すことができるようになる、ということであろう。こうしたことができる人は稀に居る。生まれつきできる人も居る。八光流の奥山龍峰は肩関節を自由に外せるので縄抜けができた、という。また「脱獄王」として知られている白鳥由栄もそうしたことができたらしい。通臂拳も肩を柔らかく使うので「縮骨門」のような功法が考えられていたのであろう。

そして十二歳になると「軽霊門」の修行に入る。この功は十八歳で成就して高い建物をも飛び越すことが可能となるとされる。十八歳になると「操身」の訓練に入る(操手門ではない)。夏の「三伏」の三日(夏至の後の庚日)に冬服を着て密室に入り、硬い木の棒や鞭で全身を打たれる。これを三年にわたって夏ごとに三度行う。功が成れば棒や鞭で打たれることを恐れなくなる。これは「究極の暑中稽古」といえるかもしれないが、なかなかやってみようとは思いにくいものでもあろう。こうした鍛錬の実効性は不明であるが、暑中稽古と同じく精神の鍛錬という意味合いがあるのかもしれない。


上記の十の鍛錬法は「骨」の系統(縮骨、活骨)と「根」の系統(揺根、活根、法根)を根本としている。「骨」の系統は関節の柔軟性を得るもので、「根」の系統は筋肉の柔らかさを養うことを主眼としている。少林拳的な言い方であると「易骨」と「易筋」である。こうした基礎の上に「気」の系統(気力、丹気)と技巧、操手(操身)、軽霊といった実際の技を使う上で重要な早い動きの錬成が行われる。「気」の系統は少林拳では「洗髄」と称される。

これらの功法の中で最も重視されているのが「丹気門」である。これも清朝末期に世情の乱れから広く教えられることはなく、ただ一人のみの伝承となったという。「丹気門」は二つに分かれており、ひとつは「外丹功」そして、もうひとつが「内丹功」である。これらについては、

「外丹功を修すれば却病延年が可能となる。内丹功を修すれば仙人になる道を歩むことができるようになる」

との歌訣が伝えられている。現在、一般的に公開されている外丹功はその一部であり、内丹功は秘密にされている。張は、こうした外丹功と内丹功の間に拳術があるとする。これは仙道の古い言い方をすれば地丹が外丹功、人丹が通臂拳、天丹が内丹功となる。張は「外丹功、内丹功を通して武術の力を得ることはできない」とも述べているし「これらの功法は道士に限って伝授された」ともしているので、丹気門は直接的には武術とは関係しない功法であることが分かる。また本来、通臂拳には伝書はなかったが丹気門だけには「丹気門譜書」というものがあり、これが母冊と父冊に分かれているとされる。母冊は主として健康を、父冊は成仙の道が説かれているとされるので、大体において母冊が外丹功、父冊が内丹功に相当するとして良かろう。


丹気門が単伝であることからすれば張の伝えた系統以外では丹気門は正しく伝えられていないことになる。つまり内功的なものを重視するシステムとしての通臂拳は張の伝える五行通臂拳のみであるということになるのである。五行通臂拳は張策が伝えたもので張策は楊健侯、許禹生、紀子修、楊少侯、吳鑑泉などから太極拳を学んでいるので、このあたりで丹気門が充実して行ったのかもしれない。そう考えると内家拳として見ることの可能な通臂拳とは、張策の系統の五行通臂拳ということになろう。張志通の言うことが完全に正しいかどうか分からないが、丹気門があるために通臂拳は内家拳的な性格を有することになったと思われるのである。ちなみに五行通臂拳は戦前に武田熙が学んで名著『通背拳法』を出している。また常松勝の『通背拳』では「丹気門」にも触れているが、外丹功、内丹功のようなものとして説明されてはいない。


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