丹道逍遥 文始派秘訣「玄関」について

 丹道逍遥 文始派秘訣「玄関」について

ここでは『文始真経』から文始派の心斎(道家の瞑想)の秘訣を紹介しておきたい。それは「玄関」である。「玄関」は日本語にもあるが、そうした意味ではなく心の深まりの段階をいう。それを「関」を越えると見ての語である。練丹派では心を落ち着かせるための技法を用いるが、それによって心の深まりの段階を「小薬」を得る、「大薬」を得る等としている。これもまた「玄関」と同じで心の深まりをいっている。また練丹派でも「薬」を得た後には温養や封固といった技法を使わない段階を設けている。基本的な部分では文始派と同じということができるであろう。



(一)心斎の形はさまざまである


関尹子が言われた。

道でないものを語ることはできないが、道そのものを語ることもできない。

道でないものを考えることはできないが、道そのものを考えることもできない。

あらゆる存在は変転極まりない。

そうした中にあって人もいろいろと変化をすること極まりがなく、おおいなる苦しみの中に居る。人生は短いようであるが、苦しんでいる時はそうとは感じられないであろう。

どうにかして苦しみから離れようとする。どうにかして苦しみを捨てようとする。どうにかして苦しみから遠ざかろうとする。そしてとにかく苦しまないことを望むのであるが、苦しみは影のように離れてくれない。

それは飾りに付いた塵のようで聖なる知恵を曇らせる。

苦しみから脱する方法をありがたい神々が教えてくれることはない。

ただ有為をして行うべきでなく、有為をして結果を得ようとはせず、有為をして予想することなく、有為をして理解しようとしない。これが「天」であり「命」であり「神」であり「玄」であるとされる。

そしてこれら全てが「道」と称されている。


「道」とは普遍的に存してはいるが、それを特定することはできない。ここで述べられている「道」は仏教の「法」に等しいこの世の全てに働いている法則のことである。しかし、その法則そのものを人は理解することはできないという。一方、仏教では釈迦の居たころは「法」を悟ることは可能であると考えられていた。しかし後には釈迦が神格化されて、釈迦以外には「法」を完全に悟ることは不可能であるとされるようになった。文始派ではそうした最終的な悟りの境地を設定していない。そうであるから心斎はただ生涯に渡って修するだけなのである。


(二)玄関を見つめる瞑想


関尹子が言われた。

特定なものとして規定されるのは「天」ではない。

特定なものとして規定されるのは「命」ではない。

特定なものとして規定されるのは「神」ではない。

特定なものとして規定されるのは「玄」ではない。

あらゆる存在はそうしえ存していて、それ以外ではない。

人もすべからく「天」に属している。

人はすべからく「神」に属している。

人はすべからく「命」のままにあるが「玄」をそのままに認識することは不可能である。

ここでいう「天」は一般的に考えられている「天」ではない。

ここでいう「神」は一般的に考えられている「神」ではない。

ここでいう「命」は一般的に考えられている「命」ではない。

ここでいう「玄」は一般的に考えられている「玄」ではない。

以上のようなことであるからこれら「道」の実践は「一」に帰する。

存在のあり方の中に「天」の働いていることを知り、「神」のあることを認識し、

「命」があり「玄」によっていることを学ぶのである。

それぞれの名があるのは「道」をそれぞれに言っているのであるが、

内実は同じ「道」という「一」つのことをいっている。

全ては同じ「道」であるから、それぞれの名にこだわることはない。


『文始真経』では「道」を「天」「命」「神」そして「玄」として表現されているが、これらは最終的には「道」という「一」なるものに帰されるとする。「道」とは道家で言う世の中を動かしている法則のことであるが、これは道家より古く、かつ広く「天」として認識されていて、これは儒家ではよく用いられている。何にがあるのか分からないが、なんとなく悪いことをしたら悪いことが起こる、良いことをしたら良いことが生ずるような感覚があったのであるし、それは現在にも続いている。「神」は「鬼神」のことで、これは墨子などもその働きのあることを述べている。「鬼神」は「天」よりも更に明確な人格を持った存在と見られていて神仏全般をいうものとすることもできる。「命」は生命エネルギーのことである。「玄」は『老子』(第一章)では「衆妙の門」とある。生成の根源であり、生命エネルギーの根源である。これは後には「祖気」とも称される。これを感得しようとするのが文始派の心斎である。ここでは「『命』があり『玄』によっていることを学ぶ」とある。生命エネルギー(命)の奥深いところ(玄)を知ろうとするのが心斎である。

また『老子』(第一章)には「玄のまた玄」ともこれを称している。つまり「衆妙の門」とは「玄関」のことであり、そこで「玄」を観じるには二段階があることを言っている。「玄」とは「闇い」ということで、これは瞑目して自己の内を見つめている状態を指している。ただ自己の内を見ていると、ある種の瞑想状態に入る。これを「玄関」を越えたという。一段階進んだということである。そしてさらに内視を続けていると、もう一段、深い境地が得られる。それが2つ目の「玄関」でありこれが「また玄」という表現になっている。



(三)

関尹子が言われた。

「道」をイメージするのは、「水」をイメージするようなものである。

そうであるから「沼」だけにイメージは限られるものではない。

つまり小川もそうであるし、大河もそうであろう。また海は最も広大な水のイメージといえる。

また唾液や涎、涙なども「水」ということができるのを忘れてはならない。


『老子』(第八章)には「上善は水の如し」とある。老子が「道」を「水」のイメージとして捉えていたのは確実である。「善」は「道」が実践された時に現れるものである。また同章には「心」が「道」と一体となっている状態を「淵」としている。深い淵の水の様子である。ここで「沼」とあるのは「淵」と同じである。文始派は「心」はあらゆるところに働いていると教えている。そうであるなら心の「淵」はあらゆるところに開かれる可能性があることになる。つまり心の「淵」に入る「玄関」もあらゆるところにあることになるわけである。ただ瞑想などの修法をしている時だけに開かれるとは限らないわけである。


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