宋常星『太上道徳経講義』(51ー5)

 宋常星『太上道徳経講義』(51ー5)

勢は成るものである。

「勢」とは「ある原因によって生じる一定の働き」のことであり、それは原因があれば自然にそうなるものである。季節の変化や陰陽の交代、こういったものは全て「勢」によって為されている。「勢」はどこであっても生じている。どこでも働いている。春の気が生ずれば、万物は生まれる。それは春の気が生まれるという「原因」があって万物が生まれるという「勢」が生じているからである。つまり万物はその生ずる「機」を得て、その生ずる「勢」が働くことになる。秋の気は万物に実りをもたらす。秋の気が「原因」となって、実るという「勢」が生まれるわけである。万物には始まりと終わりがあり、万物の生まれる兆しがあれば、陰陽は変化をして四季が移ろって行くことになる。こうした始まりと終わりは、永遠に循環している。つまり万物の生まれる原因(道)が生まれることがなければ、その形が(徳)が生まれることはなく、形がなければそれが実際に現れる「勢」もないことになる。つまり「生まれる(道)」ことと「蓄える(徳)」ことは、大いなる道の「勢」を導くものなのである。そうであるから「勢は成るものである」とされている。


〈奥義伝開〉道理(道)があり、概念(徳)が見出されて、方法(形)が確立されると、それが実践(勢)できるようになる。共産主義は優れた思想であったので、それが実践されたが、結果としては失敗をしてしまった。今から考えると、やはり形の段階で問題があったようである。人の霊的な「進化」は自由から平等へと向かっている。それは競争から和平への推移でもある。本来的には資本主義より共産主義の方が競争の少ない和平な社会であるのであるが、結果としては一党独裁による強い弾圧が生じてしまい、より争いのある社会になってしまった。これは政治体制を間違えてしまったからであるが、あまりに共産主義という理念(徳)が理想的であったために政治体制の不十分さを考慮されることが少なかった。ただ急速に共産主義が拡大したのは、老子のいうように「徳」にそった「形」は「勢」を持つからに他ならない。中国武術で唯一、太極拳が世界的に広がっているのも、その「形」が正しいものと認められて「勢」を得ているからである。一方で競技用の太極拳が一向に広まらないのは、その「形」に問題があるからである。


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