道徳武芸研究 フラヌールとしての八卦拳(2)

 道徳武芸研究 フラヌールとしての八卦拳(2)

歩くことを修行としたものとしては修験道などもそうであろうし、比叡山の回峰行などもそれに当たるであろう。また二足歩行は他の動物にはない人類の特徴的な動きでもある。ロボットで二足歩行を実現することはかなり困難で、姿勢を制御するためには高度な装置が必要とされる。実際に少しでも意識が正常に働かなくなると人は立って歩くことが難しくなってしまう。打ったり、蹴ったりする行為は他の動物でもできる。しかし、歩いて入身を行うことはできない。八卦拳は人の最も高度な行為として歩くこと(入身)を認定したのであった。そして、それの「入身」こそが人の攻防における最も高度で知的な行為であるとして修行のシステムを構築したのであった。こうした「発見」は日本の武術でも、合気道などに見ることができる。また中国武術では七星歩などの入身の歩法の重要性が説かれている。しかし、こうした入身の方法を歩くことに、そのまま結びつけるところまでは至っていない。


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