道徳武芸研究 大東流と集合無意識(7)
道徳武芸研究 大東流と集合無意識(7)
九州南部を支配していた豪族のクマソタケルとの争いは、ヤマトタケルが女装してこれを倒したとされている。これによりオウスの命は「ヤマトタケル」という名をクマソタケルから与えられたとされている。「たける(猛)」という「力」の称号を継承したわけである。しかし、そこにあったのは単なる「力」ではなく謀略という「知恵=技」によるものであった。日本人は「生(なま)の力の強さ」を好まない。何らの「技」を通した「力」を良しとする。現在でも「力を使わない」ということが武術では好ましいとされている。こうした日本人の「力を使わないことを良しとする」意識の延長にあるのが柔術であり、その結晶ともいうべきが「合気」なのである。そうであるから「合気」そのものは「実戦に使えない」のにも係わらず多くの関心が寄せられている。しかし本当に合気道や大東流は「実戦」に使えないのであろうか。そうではない。本来、柔(やわら)の道は相手の攻撃から離脱するものであって、決して相手を倒すことを第一義としていないからである。相手を倒す技術は専ら剣術において為されていたわけである。