道徳武芸研究 大東流と集合無意識(6)

 道徳武芸研究 大東流と集合無意識(6)

出雲神話では国譲りの話の中にフツヌシとタケミナカタが互いの手を取り合って争う様子が描かれている。またタケミナカタはひじょうな怪力の持ち主であるともされている。一方、フツヌシは「剣の先」に坐っている姿で出雲に降臨したとされるから、体が必ずしも大きくなかったことをイメージさせる。実際、フツヌシは「雷」系の蛇神(龍神)の系統に属しているので、雷が剣の先に落ちた現象がそのイメージの背景にはある。それはともかく、手を取り合って争った時に、フツヌシの腕は「氷」のようになり、タケミナカタはそれを掴むことができずに投げられたとある。これは単にフツヌシの「力」が強かったのではなく、何らかの「技」がそこにあったことが示されている。日本では古来から「若宮」信仰というものがあって、「神」は少年・少女のようなか弱い存在であるとイメージされることが多かった。また小さな神の代表としてはスクナヒコナが居る。この神は医療や酒造り、呪術を教えた神とされている。つまり「叡智=技」を教える神であったのであり、それは小さな神、若宮としてその存在がイメージされていたのであった。ここに見られるのは「か弱い者が猛者を制する」という日本人が共通して歓迎する意識のパターンである。


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