道徳武芸研究 武術とファンタジー〜植芝盛平、銃弾をかわす〜(4)

 道徳武芸研究 武術とファンタジー〜植芝盛平、銃弾をかわす〜(4)

ただファンタジーといっても、そうした逸話が全く価値の無いものか、というとそうでもない。例えば、植芝盛平の銃弾をかわす、といったエピソードで示されているのは、合気道の核心とも言える部分でもある。伝えられているところによれば、植芝盛平は銃弾をよけた時のことを「白い玉のようなものが先に飛んで来るので、それをよければ銃弾も簡単によけられる」と言っていたらしい。また、それを体験した時も、出口王仁三郎と蒙古に入って、そこに大本教の占領地のようなものを作って、予言にある「地上天国を実現しようとしていた時に、モーゼル銃から放たれた銃弾をかわした、というパターンと、東京の日本軍の施設で実験として行った、というパターンがある。これらは「現実性」という視点からすれば、おそらく蒙古での体験がこの伝説のベースであろうと思われ、それが軍での話しに拡大したのではないかと推測される。およそ日本の軍隊はまったくの官僚組織で、面白半分に民間人を的に射撃を行うことはあり得ない。言うならば「銃弾が避けられる」という「おかしな武術家」の鼻をあかすために、自分の軍でのエリートとしてのキャリアを捨てることなどあり得ないということである。盛平には蒙古で銃が放たれた時、それをかわしたと思える体験があったのであろう。実際にその銃弾はかわさなければ当たるものであったかどうかは分からないが。


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