道徳武芸研究 「華拳繍腿」の合気とは?(4)

 道徳武芸研究 「華拳繍腿」の合気とは?(4)

日本人が古くから良しとしたのは「和」であった。十七条の憲法でも「和」を貴いものとして重視している。現在は「和」は「わ」と読ませるが古い仮名では「やわらかき」とある。つまり「柔」ということである。それが後には柔術となって具体化して行った。これは現在は「力を使わない」と誤解されているが、正しくは「力がぶつからない」とした方が良かろう。こうした「柔」の流れの中から必然的ともいうべくして生まれてたのが近現代の「合気」である。つまり現在の「合気」は日本の文化史的な必然として現れているのであるが、そこには誤解も含まれていた。攻防において「力のぶつかりあいを避ける」のではなく「力を使わない」といった方向が生まれてしまったのである。ただ武術的な観点からすれば力を使って相手を制しようが、力をあまり使わないで制しようが、それは等しい価値を持つものであることを忘れてはなるまい。無闇な「力」の否定は武術を誤った方向に導くことになる。


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