道徳武芸研究 「合気」を定義してみる(2)

 道徳武芸研究 「合気」を定義してみる(2)

手首を制する技術が相手の体勢を崩す「合気」にまで発展したのは、それが当初は抜刀を制せられるというシチュエーションにおいて考案されたものであったためであろう。少林寺拳法の「釣手守法」に見られるように、第一義的には相手の掴んでくる動きを封じるだえで良いのであるが、それがそのまま相手の体勢を崩すところまでの技術に成熟して行ったのは、抜刀をするという主目的があったためである。そのため握っている刀から手を離して他の動きに移ることができなかったわけである。こうした動き及びそれから派生した手首を制する技術を「合気」とすると、合気道の多くの技はそれに当てはまらなくなる。つまり合気道で使っているのは「呼吸力」なのである。合気道とは言いながら、実は技において使われているのは「呼吸力」である。こうしたところに合気道のシステムとしの矛盾と混乱がある。またいうならば「合気」という語が、そもそも大東流に入って来たことが後の「合気」を巡る混乱を来たしたと言っても良いくらいなのである。本来、大東流には「合気」の語はなく大東流柔術と御信用之手があったのみであり、この御信用之手が手首を制する技術であったと思われる。これが大東流では「合気」上げとされ、合気道では「呼吸」(力養成)法とされたところにまた大きな混乱が生まれることになった。本来、大東流とあわせて伝えられていた手首を制する技術は、技術であるのであるから技術としてのイメージのある「手」という語を用いた「御信用之手」であった方が良かったのであるが、大東流において何らかの伝承の混乱があったのであろう「御信用之手」の鍛錬法が「合気」上げと称されるようになる(大東流で最初に渡されるのが「初伝」ではなく「秘伝奥義」の巻物であることも大東流の混乱をうかがわせるし、他にも教授される技と伝書が関係していない等のことがある)。そうした過程において「御信用之手」の意味も見失われてしまったものと思われる。大東流には伝書を作った「人」が別に居たようで、大東流の伝書の形式は他に類を見ない。この「人」についての考察はまた改めて行いたい。


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