道徳武芸研究 柔道、剣道と坐禅〜身体的な要求とシステム〜(15)

 道徳武芸研究 柔道、剣道と坐禅〜身体的な要求とシステム〜(15)

先に見たように「正座」を核とする柔術、剣術の体系を模索することはおもしろいのであるが、実際に練習をしようとする場合にはなかなか容易ではない問題が少なくないし、正座そのものも瞑想法として必ずしも完璧といえない部分がある。日本においてその武術史の最後である「今」にあって見えてきたのは柔道・柔術に存している丸い動きと、剣道・剣術にある直線の動きが欠くべからざるものであり、また心身の調整として瞑想、坐禅も実践されるのが好ましいとするひとつの「結論」であった。そうした中で「正座」が鍵となって柔術、剣術の融合が見えつつあったことも指摘しておいた。しかし結局、正座が瞑想法として大きく打ち出されても、武術における融合が生じなかったのは、柔術や剣術がそこまで抽象化されたものでなかったことが原因であることにも言及した。事実、正座との融合が見られたのは膝行という一人で行う鍛錬法であるし、また居合というこれも一人で練る体系においてであった。そして最後まで膝行も居合も柔術、剣術において中心的な練習法として認められることはなかったし、そうしたものとしての展開が進められることもなかったのである。


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