道徳武芸研究 松竹梅の剣と正勝棒術(6)

 道徳武芸研究 松竹梅の剣と正勝棒術(6)

「須佐之男の命」は「すさ」の男の命(みこと=かみ)という意味である。「すさ」とは荒(すさ)ぶるという意味で、須佐之男の命は「荒ぶ」働きを高天原にもたらした神であった。「すさ」は「su sa」であるから「う」と「あ」の言霊が認められる。つまり須佐之男の命が高天原に赴くことで、高天原に浄化の働きである「う」の言霊が働くようになったのである。須佐之男の命は高天原では農業施設や機織りの施設を壊したとされる。こうした荒ぶる様子が実は浄化の働きであったのであり、これを経て高天原は岩戸開きを迎えて新たな秩序がもたらされることになる。ちなみに天照大神は「a,ma,te,ra,su」で「あ」と「え」と「う」の言霊が存しているのであるから「う」の浄化の働きも含まれているのであるが、それが、須佐之男の命が高天原で荒(すさ)ぶるまでは発動されることがなかった。ために岩戸に隠れることになったわけである。この時、高天原は暗く、悪しき働きが蠢き出したとされる。しかし天照大神が岩戸から出ると世の中は再び光に満ちた秩序を取り戻す。つまり浄化が働くようになったわけである。須佐之男の命のような浄化の働きを「武=神武」という。これが合気道の働き、天の叢雲の剣の働きとなるわけである。


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