外伝7 形意、八卦、太極拳で三節を練る(13) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 3月 22, 2021 外伝7 形意、八卦、太極拳で三節を練る(13)形意、八卦、太極の三拳を練ることは攻撃における「梢節(形意)=威力」と「中節(八卦)=変化」そして防御における軽やかな身法を「根節(太極)=軽霊」で練ることが可能となる。重要なことは形意拳や八卦掌、太極拳といったシステムにより自分を規定してしまうことではない。自分の中にある梢、中、根の三節を充分に使えるようになることにある。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ
道徳武芸研究 如何に「合気」を練るべきか〜システム論の立場から〜 7月 17, 2025 道徳武芸研究 如何に「合気」を練るべきか〜システム論の立場から〜 合気道や大東流で問題となるのは「合気」の技が効かないという点である。最近は動画などで他の武術の経験者や全く武術の経験のない人に技を掛けるシーンを少なからず見ることができるが、その場合には二ヶ条や小手返しなど関節技が主であり、本来もっとも特徴的であるはずの「合気」を使った技は行われない。それは「合気」を使った「技」が技として成立しないからである。演武では少し触れただけで派手に飛ばされる「弟子」も説明している時にうっかりしていて「合気」を掛けていることが前提となっていることを聞き逃したりしてしまうと「普通」に先生の手を取ったままで居たりする(「合気」を掛けているという前提がなければ少し腕を動かしたくらいでは動きようがない)。 孫子は「彼を知り己を知れば百戦殆からず」と教えている。技として成立していない「技」を日常的に繰り返すことは「己」を見失うことになるし「彼」をも知ることができなくなる。もし正しく「彼」を把握していれば「合気」の「技」が通常の意味での技として成立していないことが分かるであろうし、そうなればそうした無意味な稽古は是正されることになろう。さらに悪いことに「合気」の迷路は触れないで相手を倒したりするなど他の武術をやっている人からすれば全くの迷妄の世界に迷うことになるのである。ここで述べようとするのは、こうした迷妄に陥る原因が合気道、大東流のシステムから由来しているのではないか、ということである。 大東流は、柔術、合気柔術、合気之術の三大技法によって構成されるのが本来の形であるとしたのは鶴山晃瑞であった。以降、この分類は便利なのでいろいろな人が使っている。しかし、これらの区分の個々の違いは必ずしも明確ではない。どれも基本的には柔術の技と見えてしまうからである。しかし、こうした分類に何らかの妥当性を多くの人が認めているのは、システムとして大東流にそうした分類を成立させる「何か」があると感じられているからであろう。 私見によれば柔術は制圧法であり、それは関節技を主体としている。これに対して合気柔術は離脱法であり、これは呼吸投げなどに代表される。合気之術は現在の大東流では柔術技とされているがシステム論上からは合気上げとされるべきであろう。掛からない技として問題となるのは「合気柔術」の部分で... 続きを読む
道徳武芸研究 「簡易」と「簡化」の太極拳〜簡化太極拳の場合〜 8月 07, 2025 道徳武芸研究 「簡易」と「簡化」の太極拳〜簡化太極拳の場合〜 先には「「簡易」と「簡化」の太極拳〜鄭曼青の求めた奥義〜」として主に簡易式について論じたが、今回は簡化太極拳について考えてみたい。簡化で特徴的なのは起勢からいきなり野馬分鬃に入ることである。太極拳からすればこれは攬雀尾でなければならない。太極拳は楊家から武家、呉家、孫家、陳家といろいろな門派に分かれて発展して行ったが起勢から攬雀尾の流れは全てにおいて共通している。勿論、鄭曼青の簡易式でも同様である。しかし簡化ではそうなっていない。つまり、これは「新中国」になって旧時代の太極拳ではなく新しいプロレタリアート(人民)のための太極拳、「太極拳運動」として制定されたことを表そうとしたためと思われる。 これはいうならば武術から体操への変化であった。従来の武術としての太極拳ではなく人民の体操としての太極拳が共産革命を経た新しい中国で制定されたということである。これは中国風にいうなら「功夫」から「武術」へ、ということになろう。「功夫」は中国で武術という意味であり「武術」は功夫を基にした体操をいう語である。 新中国で提唱されたのはこうした功夫(武術)の体操化であった。こうした中で簡化も編まれたのであり日本のラジオ体操のように労働者の健康管理のひとつとして用いられることを意図したのであるが、この流れは後には競技化(床運動競技)の方に大きく進展して行き簡化もその中で主として伝承されて行くことになる。一方「太極拳運動」つまりラジオ体操的な役割は気功の方に受け継がれる。気功は簡化よりも更に簡単であるし、超能力(特異効能)が得られるともされている。 また簡化で特徴的なことはあえて武術的な要素を排除している点である。太極拳の武術性は「勢」を得ることにある。これは「綿綿不断」という途切れの無い動きで養われるが、そうしたことを鄭曼青は「盪」としていたわけである。しかし簡化ではあえて流れ(勢)を生じさせないように構成されている。例えば野馬分鬃は指先が前を向いていなければ肩で体当たりをして体勢を崩した相手を跳ね飛ばすことはできないが、簡化では横を向かせている。また白鶴亮翅も腕を外に返さなければ相手の攻撃を受けることはできない。これらは勁の流れが外に向かないようにする動きであり、武術というより導引的な色彩の強いものといえる。 以下... 続きを読む
丹道逍遥 小周天について 10月 06, 2025 丹道逍遥 小周天について およそ仙道の瞑想法として最も有名なのが小周天であろう。本来、仙道ではテクニックを嫌う傾向があるので瞑想「法」は重視されてはいない。とにかく静かに坐ることが求められるだけで瞑想「法」は、その導入と考えられている。そうした考え方の根底にあるのが仙道の目指す「真人」が「本来の自分」であるからに他ならない。誰でも生まれながらに「真人」なのであるが、生まれてからのいろいろな「欲」によってそれを忘れている、と考えるのが仙道なのである。そうであるから余計なことはしないで、本来のあるがままに還れば良いわけなのである。一方、インドなどでは超越した能力を示すことのできるようないうならば「超人」となることが、悟りを開いた証とされる。低レベルの俗人から高いレベルの聖人になるわけで、それにはいろいろなテクニックが求められることになる。そうしたこともあって仙道では小周天による瞑想は中乗のレベルとされ龍門派という一部で行われていたに過ぎないが、いまでは広く練習されている。 日本で小周天が紹介されたのは1927年に伊藤光遠の『煉丹修養法』が始めと思われるが、広く知られるようになったのは高藤聡一郎の『仙人になる法』(1979年)からであろう。この本の八割くらいは許進忠の『築基参証』の翻訳である。ただ『仙人になる法』では『築基参証』の小周天に続く小薬を得る部分については訳されていない。他には本山博が『支那道教の修行法』(1979年 第3版)で紹介しているが、これはユングにも影響を与えたヒャルト・ヴィルヘルムの『太乙金華宗旨』のドイツ語訳からの翻訳で小周天の部分を中心にした抄訳である。ただこの本は中国語からドイツ語、そして日本へ語と翻訳を重ねたために言わんとしていることがかなり曖昧になってしまっている感がある。『太乙金華宗旨』そのものは湯浅泰雄、定方昭夫によって『黄金の華の秘密』(1980年)で中国語から翻訳されている。ただし原本は仙道独特の用語も多く、また訳者に仙道の経験もないので、これを見て修行の参考にできるレベルの翻訳とはなっていない。 本来的に小周天は小周天だけで完結するのではなく、その前段として築基があり、小周天に続くものとして得薬(小薬)などがあるが、これらは基本的にはイメージを使うもので築基では下丹田に「熱」を感じられるようにイメージする。それがある程... 続きを読む