第一章 塩田剛三と金魚(2)
第一章 塩田剛三と金魚(2)
植芝盛平は神道的な神秘思想にかなり深く傾倒していたが、武術と神秘思想との関係は何も合気道に限ったことではない。およそ日本の武「術」が武「道」と見なされるようになった時から、武道には多少なりとも神秘思想的な側面を有することとなったのである。武「道」でいわれるのは「術」から「道」への飛躍であろう。そこには「武道は武術を越えるもの」とする認識がある。なにが「武術」を越えるものとして存しているのか。それが「道」であり、「道」は多分に神秘思想的なニュアンスを持つものとしてとらえられている。そうした神秘思想的な部分を担うものとしては「禅」があった。