第九十九話 中国武術文献考(21)

 第九十九話 中国武術文献考(21)

「勁」とは「武術的な力」のことで、相手の動静をうかがうことのできる能力である「聴勁」や攻撃する能力である「発勁」などがある。他に相手の力を受け流す能力の「化勁」、巻き込むような武術的な力を使う「纏絲勁」などもある。「発勁」の練習というならば正拳突きや前蹴りの訓練も「発勁」の練習となる。しかし一般的に「発勁」としてイメージされるのは寸勁とされるものであろう。これは三センチくらいから拳を打って威力を発揮させる能力である。一般的には三センチくらいからでは拳で押しても相手に何らの衝撃を与えることはできないが、発勁を使えば一定程度の衝撃を与えることが可能となる。これはブルース・リーが早くに「1インチ・パンチ」として演武をしている。立たせた相手に近い距離から拳を当ててバランスを失わせてしまうパフォーマンスである。寸勁は威力としては相手を突き飛ばす程度に過ぎないが、思ってもみない距離から衝撃を受けることに意外性がある。この意外性による生み出される「機」を利用して一気に相手を攻めるのが寸勁の利点となる。こうした発想は柔術の当身と同じである。現在では「発勁」が神秘の力と見なされることが無くなったのは、動画が簡単に見られることが原因していよう。ブルース・リーの「1インチ・パンチ」を見ても興味深い技術ではあるが、一般的な武術の範囲を逸脱するようなものではない。八極拳も八卦掌も、秘伝とされた六合短捶も「武術の範囲」の中に留まるものである。「武術幻想」を売りにするような武術文献の時代は終わったのであろう。これからはより深い考察を提示するものとして武術文献はその存在価値を持つのかもしれない。

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