第九十七話 絶招研究・八卦掌篇(21)
第九十七話 絶招研究・八卦掌篇(21)
大東流には多人数捕りという特徴ある技法が存している。多くの柔術では二人、三人くらいの相手に動きを制せられた時に対する技はあるが、五人や六人といった相手に抑えれれた時に対する技を見ることはない。盛平も大本教の時代や戦前あたりには多人数捕りをやっていたようであるが晩年は次第に多くの相手を次々に制して行く多人数掛けが主になって行ったようである。弟子の塩田剛三なども多人数掛けはかなりの人数で行うが、多人数捕りは三人までである。こうしたことも晩年の盛平が多人数捕りをあまりやらなくなった証左となるのかもしれない。それは正面打ち一か条で感じたのと同様に「受け」から始まることに違和感を持ったためではないであろうか。完全に相手に抑えらえるまで待って技を行うという間合いは練習されるべきものではないと感じていたのではなかろうか。単換掌の修練は先に攻撃をして間合いを作る「筋」の鍛錬から見かけは相手の攻撃を受ける「髄」の鍛錬へと深められなければならない。そして真に単換掌が絶招として働くのは「髄」のレベルにおいてなのである。